薄(すすき)の惑星

(刈り取られて道端に捨てられた薄を職場に飾ってみた。そうしたら思いついた物語)

猫のクーちゃんが最近何やらストレスがたまっているようだ。
最初は脚の届かないところにノミでもいるのだろうかと思った。
だけどクーちゃんは何を尋ねても「にゃあ」と言うばかり。

秋のある夜のこと。
縁側で庭の薄(すすき)を眺めているクーちゃんの背中を見て、僕は気づいた。
「そうか、こいつは薄(すすき)野原を駆け回りたいんだな」

なんだ、そんなことなら難しいことじゃない。

僕は時折、太陽系から遠く離れて旅をすることがある。
そんな星々の中に「薄の惑星」があるということを耳にしたことがあるからだ。

調べてみると、それはエリダヌス座のイプシロン星を恒星とする2番目の惑星だとわかった。
地球から近からず遠からず。それでいて訪れる人は少ないようだ。
クーちゃんが誰にも怯えることなく、野原を駆け回るには絶好の場所じゃないか。

一週間後、僕と猫一匹はその惑星に降り立った。

広大な薄野が漆黒の闇の向こうまでどこまでもどこまでも続いている。
「ほれ、クーちゃん、好きなだけ駆けてこい」と言うと、
「にゃあ」とクーちゃんは野原に飛び込んで行った。
「戻る場所を間違えるなよ」と大声で呼びかけるけど返事はなく揺らぐ薄の波が一直線に僕から遠ざかっていった。

自分のまわりの薄を倒して寝転んでみる。
見上げると薄の穂影を通して恒星イプシロンが輝いている。
それが満月のように僕には思えた。

ふと「浴衣の君はススキのかんざし」という詩を思い出した。
それが江戸時代の短歌の文句だったか昭和時代の流行歌だったかは判然としなかった。
何もかも見通すように輝き続ける満天の星空は、それが何かを知っているような気がした。

やがてクーちゃんが戻ってきた。
満足そうな顔をしたクーちゃんは僕に向かって「にゃあ」と言った。

「そうか、お礼に何かしてくれると言うんだね。何をしてもらおうかな」

僕はちょっと考えたのち、クーちゃんにこう言った。
「僕は月夜に踊る狸は見たことがあるけど、月夜に踊る猫は見たことがない。クーちゃん、"猫じゃ猫じゃ“を踊ってみてはくれまいか」

クーちゃんは合点した様子で踊りだした。

♪猫ぢや猫ぢやとおっしゃいますが
猫が、猫が下駄はいて
絞りゆかたで來るものか
オッチョコチョイノチョイ
オッチョコチョイノチョイ♪

地球から遠く離れたこの惑星に、
僕と猫一匹以外に誰もいなかった。