砂の器(1974年映画版)ロケ地を行く [02]

亀嵩 湯野神社 -巡礼の親子が発見されるシーン

亀嵩の湯野神社

亀嵩の街の中心から北へ400mほど行ったところ湯野神社があります。

湯野神社は、いつ頃創立されたか明らかではないが、天平5年(733)に完成した『出雲国風土記』や、菅原道眞公等が編集に関わり、延喜元年(901)に完成した『日本三代実録』にその名が見え、少なくとも1300年或いはそれ以上の非常に古い歴史のある神社であることがわかる。

公式サイトより

ここが映画『砂の器』において数少ない亀嵩でのロケ地でした。
巡礼の親子の旅は苦難の末、亀嵩で終わります。
父本浦千代吉が体調を崩し、湯野神社の拝殿の下に隠れているところを、村の子どもたちに発見されたようです。
通報を受けた亀嵩駐在所の三木 謙一巡査(緒方拳)が石段を駆け上がるシーンから始まります。

橋本忍のオリジナル脚本(市川町橋本忍記念館発行『橋本忍 人とシナリオ』所収)では、この直前、三木巡査が地元の農夫や主婦から「乞食の子供が物乞いに来る、何もやらないと畠の芋を掘る」「納屋や家の中まで這入りこんで、米や麦を盗む」と言われるシーンがあります。三木が村人に「で、どこにいるんだ」と尋ねると、村人が神社を指差す、というシーンが続くのですが、ここはまるごとカットされています。

病気が悪化した父のために村で盗みを働く秀夫、というシーンをあえてカットした事で、神社拝殿の床下で手負いの猫のように怯える父子...それまでの旅の行く先々で、村人、子どもたち、巡査から痛めつけられた...が生きてくる流れになっていると思います。

『砂の器』より。書けあげる三木巡査。石段の上には杖を振り上げる子供。
現在の湯野神社石段

このシーンをよくみると石段の上で杖を振り上げる巡礼の子供がいて、そこから子どもたちが逃げようとしているのがわかります。
それを追うように全速力で石段を駆け上がった三木巡査は、参道を駆け抜け、門を潜って拝殿へ。
子供たちは陰に隠れながら様子を見ているのがわかります。

今では随分苔むしていますが、映画に写り込んでいる石垣は当時の石の配置がそのまま残っています。

そして拝殿の前で「どこへ行った」と見回す三木巡査。
背後には門の藁葺き屋根と相撲場の屋根。ここは今も変わらないようです。

現状

拝殿の角でこちらを覗く巡礼の子供を見つけた三木巡査は「おいおい」と叫んで子供を追いかけます。
子供は拝殿の裏へと逃げ、床下に逃げ込みます。

湯野神社拝殿の床下部分ですが、周囲は全て板で塞がれており、映画を記憶で覚えていた事もあって「床下のシーンは別の場所で撮影したのだろう」と思い込んでいたのですが、よくよく映画と見比べたら、本殿の基礎部分の石が映画と同一で、この場所で撮影された事が明白でした。

あるいは撮影のために一部の覆い板を外したのかもしれませんね。映画には垂木らしきものが写っていますから。

拝殿の裏側に隠れる子供。
湯野神社の本殿

映像と照らし合わせて同じアングルを検証しながら撮影するという事を全く考えてなかったのですが、こういうロケ地探訪の際は、現地で映像もチェックすべきでした。

砂の器の石碑と松本清張

さて、この湯野神社の門前にあるのが「砂の器 舞台の地」の石碑です。昭和58年(1983年)に松本清張自身の揮毫により建立されたとありました。

背後に廻ると『砂の器』原作から引用された一文がありました。亀嵩を描写した部分です。
こう言っては何ですが、読んで思ったのは「味気ないなぁ」という事でした。
清張の文体は、新聞記者が事実関係を淡々と書くのに近く、あまり描写は得意でないか、好きではないようです。
画像を読めばわかるのですが、この碑文も亀嵩の観光案内文か地誌に近く、小説らしい情景の描写はあまりありません。

「思ったより大きな、古い街並みになっていた」亀嵩の集落。
遠方からみた湯野神社鳥居と「砂の器 舞台の地」
亀嵩の風景


下手くそな描写で申し訳ないですが「奥出雲特有の低い山々に囲まれた亀嵩は、新緑の中で田植えの時期を迎えようとしていた」とか「山間のひな壇のような場所に、緑と入り混じるかのように家々が点在し、5月の陽光に茶褐色の石州瓦が鈍く輝いていた」というような情景描写はないんですね。そして、もうひとつ言えば清張の文章では女性の描写も味気なかったりします。

そのいっぽう「昭和史発掘」「日本の黒い霧」なんていうフィクションものは清張の独壇場だと思います。ただし「フィクション」にしては小説家的なアプローチが多く、そのあたりの清張の力加減を踏まえて読まないと、読者は何でもかんでも信じ込んでしまう事になります。ここが清張の読み方の難しいところでしょう。

一方で、こういう「味気なさ」が多分にあるからこそ、映像化する際に脚本家は楽しい仕事ができるはずです。
古くは『張り込み』、そして『砂の器』の脚本を担当した橋本忍は、原作でわずか数行だった親子の巡礼の描写を15分以上のシーンに膨らませて、日本映画屈指の名シーンに仕上げる事ができたのです。

砂の器(1974年映画版)ロケ地を行く [03]に続く

ぶうらぶら

Posted by spiduction66