「下山事件全研究」佐藤一氏死去

松川事件の被告であった佐藤一氏の訃報が入った、享年87歳。

大正10年、栃木県の日光市に生まれた氏は、昭和11年、小学校を卒業後に上京、工場の作業員として国産精機株式会社、さらに東京芝浦電気株式会社へと入社した。海軍への徴用を経て再び東芝に勤務する中で、鶴見工場時代に労働組合活動を開始。昭和24年8月の松川事件発生時には東芝松川工場において活動中で、事件の容疑者として逮捕された。昭和38年に無罪判決を受けたことは記事のとおりだ。

佐藤氏に関しては「松川事件の被告」という側面だけが報道されているようであるが、氏には「下山事件全研究」という名著がある。無罪判決後、氏は下山事件の研究に着手し、その研究の集大成として世に出た作品だ。

僕が個人的に運営している「下山事件資料館」では、「下山事件関連文献データベース」というのを作成しているけど、ここに並んでいる様々な文献の中でも、氏の「下山事件全研究」は「自殺説」「他殺説」を超えたところで名著だった。「下山事件」といえば、松本清張の「日本の黒い霧」や、矢田喜美雄「謀殺・下山事件」が最も有名かもしれないが、「黒い霧」の推理小説的な検証や、「謀殺・下山事件」における「情報の闇鍋状態」....これはこれで面白いのだが......そうしたアプローチと比べれば、「全研究」はずっと冷静な筆致で丹念に書かれていることを僕は評価したい。

情報をしっかり整理し、じっくり腰をすえて納得の行くまで調べあげ、科学的な検証を踏まえながら氏はさまざまな事象を調べあげた。自分の家の風呂場は科学の実験室となり、自ら汽車の下にも潜った。客観的に書こうとするスタンスが実に素晴らしかった。僕が「下山事件資料館」を運営するにあたって一番影響を受けたのは、氏のこうした真摯な姿勢だったと言っても過言ではない。少なくとも締め切りに追われる職業作家ではないことは事実だ。

氏とは一度お会いしたかったにも関わらず(実際紹介して頂ける機会もあったのだけど)、どんどんと仕事が忙しくなってしまい、ついついこういうことになってしまった。それが悔やまれてならない。

悔やまれてならないんだけど、今もまた現在進行形で自宅PC(業務用でもある)に関するトラブルに忙殺されている。
メールソフトも使えない、画像のアップロードもできない、ホームページの変更もできない、そんな状態の中で、ソフトに原因の自動検証をさせながら、合間を縫ってこうやって記事を書いている。

そんな風に時間は駆け足で過ぎてゆき。人はどんどん鬼籍へと入ってゆく。
氏のご冥福をお祈りいたします。

(いよいよ来月は下山事件発生から60年ですね)