「1人さん」がもたらす悲劇とルール社会の中で
もう一本書く。
東京都小金井市のライブハウスの入口で、インディーズアイドルの冨田真由さんが刺傷された事件。誰もが自由な音楽表現ができる世界を手助けする者としても、「地下アイドル」を知る者としても、本当に色々なことを考えさせられる事件だ。
犯人と思われる人物のtwitterを斜め読みしただけなので今後の捜査の進展を待つしかないのだけど、犯人が富田さんへプレゼントした腕時計を彼女が身につけてくれなかった事から始まり、それが次第に富田さんへの憎しみへと変貌し、犯人が酷いリプを富田さんに浴びせるようになる。
富田さんが犯人にプレゼントを返送してtwitterをブロックした。これが犯行の着火点となっていることがわかる。
これを読んだ時に浮かんだのが、横浜ご当地アイドルとして活躍しているポニカロードの事だった。
いや、彼女たちの事が心配になったのは当然だけど、浮かんだのは彼女たちのホームページにある次の一文だった。
プレゼントしたものを身に付けるよう強要することはご遠慮ください
これは公式サイトの「ルール」というページに掲載されている。
ここに書かれている「ルール」は随分前に作られたものだけど、時々項目が増えている。
公式twitterではこれを定期tweetしているから、僕も時々読み直すわけだ。
簡潔ではあるけど、実に微に入り細に入りで、よくできていると思う(てか、どんどん作りこまれている)。
これを読んでいて思うのは「えっ、こんなことをする人がいるの?」ということだ。
「ルール」というものは、元々存在するのではなく、誰かが何かをすることで増えてゆく。
誰も何もしなければルールは増えない。
「プレゼントしたものを身に付けるよう強要する」人がいたから「ご遠慮下さい」というルールが生まれたわけだ。
(画像は本文と関係ありません)
多分….という言い方で統計的に書いてよいのかどうか迷うけど、100人のファンがいたとしても、自分のプレゼントを身に付けるように強要する人って1人ぐらいじゃないかな。
残り99人のファンは決してそんなことはしないだろう。そこには「良識」とか「常識」とか「礼儀」とかいったような「ルール」を上回る観念があるからだ。
誰もが(この場合100人のうちの99人は)、そうした観念の元に自制をしている。
ところが1人でも装着を強要する人がいれば、管理する側としては「ルール」を設けるしかなくなる。
ルールがある以上、今まで観念的に自制してきた人もルールに従って行動することを求められるし、縛られることになる。
ポニカロードの「ルール」のページは、そうした「1人さん」の「良識」「常識」「礼儀」なき行動の歴史でもあり、それに従うことになる「残り99人」の歴史でもある。考え方によっては「1人さん」は自覚なき絶対権力者であるともいえる。
今日のニュースで見たけど、すでにアイドルのコンサートでは会場入口で入場者への荷物チェックが始まっているそうだ。
「1人さん」の行動の結果、世界はずっと息苦しいものになってゆく。
僕もイベントを主催する立場にいるから、よくわかる。
僕は「1人さんの行動によって、残り9人さんをルールで規制したくない」という考えの持ち主だから、なるべくルールを増やさないようにして、直接本人に注意申しあげる形でこの12年間イベントを行ってきたけど、それでもやむを得ない事情もあって、今はずっと「イベントのルール」は増えてしまっている。
「何か」が起きたので….あるいは「何か」を想定する場合だってある。
今でも忘れられないものに、出演者がパフォーマンスの最中に頭から水をかぶった事件があった。
出演者は演出の一環としてやったのだし観客にはウケていた。だけど主催者側としては「機材が壊れる!」と心臓が止まった瞬間だった。
それから「機材は丁寧に扱いましょう」というルールが出現した。
実はこういうのって日本の社会全体に言えることではないかと思う。
想定外の何か...それは「1人さん」のような常人の感覚を超えた人間の行動に因るところが多いのだけど....それが起きると、それを法制化して規制してゆくことになる。残り99人はそれに従うことになる(もちろんこの法制化によって守られる人もいる)。
でも、そんな風にそんな風にして、何かとても息苦しくて窮屈な社会が進行してゆく。結局それは「1人さん」に原因がある、というのがオチというわけだ。
さて、今回の事件ではあるアイドルの方が「アイドルは商品であって個人ではない」という内容の発言をtwitterで行い、それに対して「地下アイドルは、身近にファンと接する存在ことが売りであるから、ファンとの関係性もまた商品ということになる」という意見もある。今後も様々な意見が展開されてゆくことだろう。
僕はその両方の意見に賛成だ。
ただ「ファンとの関係性」というのは確かに商品ではあるけど、商品であるからにはその品質を維持する必要がある。
そのためには一定の品質管理が求められる。その一つが「1人さん」の行為から生まれる、あるいはそれを想定したルール作り、ということになる。
これは悲しいことで息苦しいことではあるけど、必然の道なんだろう。社会は常に「1人さん」に翻弄されてきたのだから。
富田さんは事務所に属さずに、自己マネジメントで活動していた。
本来はいちタレントとしてのtwitterと別に公式アカウントを作ってそこでルールを提示すべきだったのだろうか?とも思った。
でも20歳の女性が緻密にルールを作れるはずもなかっただろう。彼女は自分一人で悩み、警察に相談にも行き、自分で判断した上で犯人をブロックした。
それが今回の事件となった。こんな気の毒は話はない。
今は彼女の一日も早い回復を祈るばかりだ。
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