ロジャー・ダルトリー at 神奈川県民ホール

「おい、これはThe Whoではなくて、あくまでRogerの単独公演なんだぜ」と斜に構えて行くことにした。
だけど聞いているうちに「これはやはりThe WhoのDNAがふんだんに詰まった音だ」と舞い上がってしまった。
そう思わせるだけの力強さと内容があった。

会場は神奈川県民ホール。
僕と家内はRogerを観るのは今回で4度目。そして....親父同様にThe Whoが大好きで、とりわけ「Tommy」を愛聴する長女は2度目だ。
彼女が初めてThe Who体験をしたのはロック・オデッセイの時だった。当時7歳だった彼女も、今では15歳になった。

30代~60代の観客がほとんどの中で、彼女は明らかに若い方だった。
「本当は着替えて来ようと思ったけど、間に合わかなった」と制服姿で学校のカバンを抱えた彼女。
「Sally Simpsonみたいだからいいよ」と僕。
Sallyはロックオペラ"Tommy"に登場するハイスクールの女の子だ。

Set Listはこんな感じ。

【The Who “TOMMY(1969)"全曲プレイ】
01 OVERTURE
Rogerがステージに登場した瞬間の観客の盛り上がり方は異常。
2005年のロック・オデッセイの時や、2008年の横浜アリーナを思い出す。
なかなか見ることのできないファンのフラストレーションがここでも爆発。
インスト曲なのでRogerはタンバリンを叩きまくる。

02 It’S A BOY
ギターはおなじみのSimon Townshend (Pete Townshendの弟)、彼が兄貴に代わってボーカルを担当。
Pete Townshendの鼻にこもった哀愁のある歌声は、鼻が大きいせいだと思っていたが、実は遺伝だということが判明。
Simonもまた、鼻にこもった....

03 1921
かなりアレンジの異なったイントロでスタート。

04 AMAZING JOURNEY
このイントロでRogerが「お家芸」のマイクを振り回す、それだけで観衆が異様に盛り上がる。
Rogerのマイクの振り回し方といういうのはむやみやたらにコードをつかんでグルグルやっているのではない。音楽の拍数を計算しながら小節の区切りで見事に手中に戻ってくるように回していることに、いまさら気づく。

05 SPARKS
Simon TownshendとFrank Simesのツインギターが映える一曲。全盛期のThe WhoはPeteのギター一本で、この音をやっていたんだよなぁ。

06 EYESIGHT TO THE BLIND
07 CHRISTMAS
途中に"See Ne Feel Me"が入るのだけど、これだけで観客が盛り上がる。

08 COUSIN KEVIN
このあたり、どちらかと言えばアルバムでは地味な曲が続くわけだけど、よおく考えてみれば今は1969年~1970年(The Whoがライウで"Tommy"を全曲演奏していた時代)ではない。
まさか死ぬまでにこれらの曲をRogerが歌っているのを生で観れるとは思わなかったわけだから、改めてその感動で胸がジーンと来る。
原曲とは全く異なる"COUSIN KEVIN"のド迫力の演奏を聞いて感じたのは、「道理でオルタナ系のバンドに愛されるわけだよな」ということだった。
その音はまさしく現在進行形のロックバンドの音だった。

09 ACID QUEEN
バックの巨大スクリーンでは各曲のストーリーにあわせてアニメーションやCG映像などが流れるのだけど、この時に登場するジプシーの占い師は、やはりTina Turnerに似ていたなぁ。

10 DO YOU THINK IT’S ALRIGHT
こんな短い曲もきちんとやります。

11 FIDDLE ABOUT
RogerがKeith Moonの「アンクル叔父さん」の不気味な雰囲気を演じながら歌う。
映画「Tommy」では苛められる側だった人が、苛める人の演技をしているんだな。これは。

12 PINBALL WIZARD
Tommyではひとつのクライマックス。
Tommy知らない人も知っている(かもしれない)曲。異様に盛り上がる。

13 DOCTOR
14 GO TO THE MIRROR
15 TOMMY CAN YOU HEAR ME
この曲がはじまると観客が和やか雰囲気になった。
テンション高まったり、和んだり、笑ったり....そういう反応ができるだけの物語が各曲にある。情景を浮かべることのできるクオリティがある。だからこそ、発売から43年を過ぎた今でも、Tommyは魅力的なアルバムなのだ。

16 SMASH THE MIRROR
エンディングではガラスの割れる音のSEがしっかり入っていた。

17 SENSATION
この曲は昔からライブで見たらかっこいいだろうな、と思っていたのだけど、まさかその日が来るとは思わなかった。

18 IT’S A BOY
ここで再びこの曲が演奏された。ここがアルバムのオーダーと違うところ。

19 I’M FREE
曲の冒頭か前曲でSimonのギターの弦が切れた。
ローディーが代りのギターを持って来るのを、Simonが静止し演奏を続ける。
この曲、冒頭はリフプレイだから切れたのは1弦とかだったのかも。
リフプレイが終わった時点でSimonがローディーに「今だ」と合図。ササッとギターを差し替えて再びプレイ。
そんなSimonは、今やThe Whoのツアーでも欠かせない存在。彼のことをRogerは「My Soul Brother」と表現していた。うんわかる。

20 MIRACLE CURE
21 SALLY SIMPSON
この曲だけはオリジナル「Tommy」時代とかなりテンポやアレンジが変形しているのが特徴なんだけど、今回は1989年頃の「Tommy Tour」ほどの「Magic Bus」スタイルのビートではなく、やや落ち着いた感じのアレンジになっていた。曲の最後になって原曲にないLoren Goldのブルース風のピアノソロが1分ぐらい続く。これはなぜかなぁと思っていたら、その感にSimonがストラトからアコーステイックギターに持ち替えていた。なるほどね。お次の曲は"Welcome"だものね。

22 WELCOME
23 TOMMY’S HOLIDAY CAMP
この曲が始まると観客から笑い声が起きる。誰もがこの曲を歌っていた故Keith Moonのことを思い出してしまうんだろうな。

24 WE’RE NOT GOING TO TAKE IT~See Me. Feel Me
手ぐすね引いて待っていた観客も、The Whoはよく知らんけど来ちゃいました的な観客も、いっしょくたになって盛り上がる"See Me Feel Me"。
1979年に高田馬場の映画館で「ウッドストック10周年記念ロードショウ」で彼らのこの演奏を見たときから、自分の人生はゆるやかに変化していったことを思い出す。
これで"Tommy"の全曲演奏(実際にはインストゥルメンタル曲の"Underture"が省略されている)は終了。
ここまでノンストップでRogerは歌い続け....あっそうか、PeteのパートはSimon弟が歌っていたな...でもその間はタンバリンを叩き続け。68歳の御大よく体が続くよなぁと驚嘆する。
Rogerの喉はまだまだ衰えておらず、むしろ太くなった声は頼もしい。まあ若干高いキーで苦労するようになったようだけど。

ここで一旦ステージを下がるとかするのかな?と思ったら、ローディーがアコーステイックギターをRogerに持って来る。おいおいこのまま行くのかい?と思っているうちに「第二部」がスタート。

【Original & E.T.C】
25 I CAN SEE FOR MILES
おいおい、いきなり珍しい曲からやるなと思った。「まさか生で見れるとは思わなかった」はさっきから連発しているけど、既視感のある曲よりも新鮮だし「ああ、いまRogerは日本に来ているんだなぁ」ってリアリティが実感できるのはいい。
ただ「珍しい曲」というのがネックだったようだ。
演奏開始から2分後、本来はFrank Simesのギターソロが入るところで、Rogerはそれをすっとばして歌い続けてしまう。「しまった」という顔をして笑いだすRoger。どうするのかと思ったらFrank Simesに対して「もう一回」というように指を立てた。Frankが「マジかよ」と呆れた顔で首を振る。それをドラムのScott Devoursが察する。そしてバスドラで4カウントアクセントをつけたら、再びイントロからスタートとなった。この間に演奏の中断はない。この思わぬハプニングと息の合ったミュージシャンシップに観客は大喜びとなった。
Rogerと言えば1989年の"Tommy Tour"でも自分が歌うパートを忘れてPeteに即されるシーンが映像に残っているけど、まさか眼前でそんなシーンが見れるとは思わなかった。

26 KIDS ARE ALRIGHT
46年前からKidsは永遠にKidsのままで、いつだって"Alright"だ。彼らを見ていると、それを感じる。

27 BEHIND BLUE EYES
途中からの盛り上がる部分をわざとおとなしく演奏するという「裏切りアレンジ」。なんか賛否両論を巻き起こしそう。

28 DAYS OF LIGHT
だってRogerのソロ公演だからね。ここでようやく彼の1992年のソロアルバムからの曲が登場。
その前にRogerのMCが入るのだけど、一節語る度にFrank Simesに「訳せ」みたいなことを言ったら、Frankが流暢な日本語で翻訳しはじめたのには驚いた。あとのメンバー紹介で知ったのだけど、彼の母親は日本人なんだって。へぇ~(さらにWikiで調べたら東京生まれでした)

29 Going Mobile
(このあたりから曲順の記憶がアヤしくなってくるのだけど、訂正があればコメ願います)
Simon Townshendへの「My Soul Brother」という紹介があった後、Simonのソロボーカルで始まったのは、あまりにも意外な選曲だった。
しかしSimonはPeteと声が似ているなぁ。なんだかPeteがそこに居てプレイしているような気分になってきた。

30 WHO ARE YOU
長女が好きな曲のひとつ。横で体でリズムを取りながら盛り上がっている。「こいつ、曲をよく知っているなと」思う。
後で聞いたら「知らなかったのは2~3曲」と言っていた。
ふと気づくとこのあたりからThe Whoのシンボルイメージとも言える「ターゲット・マーク」を鶴丸デザインでアレンジした見覚えのないマークが背後の巨大スクリーンに映し出されていた。
よくわからないけど、これは日本公演を記念したデザインなんじゃないかと思った。

31 MY GENERATION Blues
あの有名な曲だけど、The Whoのライブ後期に演奏されたブルーススタイルだった。しかも短い演奏で終了。フラストレーションたまった人もいたかも。

32 YOUNG MAN BLUES~Water
これもまさかの選曲だったけど、もっと驚いたのはエンディングでアドリブ風にシングルB面曲"Water"の冒頭部分を歌ったこと。
前曲とこの曲あたりには、ライブバンド全盛期のThe Whoの雰囲気が残っていて、とても楽しめた。
この時のRogerの歌うポーズ。マイクに両手をかけてやや前のめりになりながら歌うのだけど、これって1970年のワイト島ライブの時の「Young Man Blues」と全く一緒だ。

33 BABA O’RILEY
イントロが始まるととともに再び盛り上がる。娘も大喜びの曲。
Rogerはイントロで鍬で畑を耕すような仕草をする。「Teenage wasteland (十代の荒地)」を耕しているのだ。
映画"Kids Are Alright"ではここで前進するステップを踏んでいたこと思い出す。今の彼は「つき進む」年齢ではなく「つき進みやすいように耕す」立場だというのだろう。

34 WITHOUT YOUR LOVE
これまた1981年のRogerのソロシングル。Peteのソロツアーにも参加しているBilly Nichollsの作品。元々はPeteが1976年にアンオフィシャルに参加したコンピレーション・アルバム「With Love (1976)」でBilly自身が歌っている佳曲。今までの動乱が嘘のような静かに癒されるサウンドに、観客は体を左右に揺らしながら静かに聞き入っていた。

35 RED BLUE AND GREY
いよいよエンディグなのだろうか?ここでサポートのミュージシャンたちが全員退場し、一人残ったRogerの元へローディーがウクレレを持ってくる。
彼がウクレレでPeteの「Windmill奏法」の真似をしたのに、観客が笑う。
「ウクレレ....もしや」と思いつつ彼のMCがはじまる。英語は不得意なのでよくはわからなかったけど、彼はJohn Entwistleのことを語り始めた。
「もう彼が亡くなって10年になる」「彼はバカバカしい曲ばかり書いていたけど、偉大なプレイヤーだった」e.t.c.
そして恐らく彼に捧げるような言葉があって、そして静かにこの曲を歌い始めた。
やはりな。とても好きな曲なんだ。
家内と結婚した時に二人の好きな曲でオムニバス・カセットを作って、結婚式の2次会で配布したことがある。
そこに収録した唯一のThe Whoの曲だった。

歌い終わったRogerは間違えて下手に退場しようとする。
スタッフに即されて苦笑いと手を振りながら上手へと退場していった。
アンコールの拍手が場内に続く、誰もがあと一曲「Won’t Get Fooled Again」を聞きたかったのだと思う。

だけど場内の電気が点灯し、BGMが鳴り出した。こうして夢のようなライブが終わった。
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こんなことを思った。
「Roger DaltryはThe Whoの伝道師(プリーチャー)である」と。

The Whoのメンバーがまだ全員生きていた頃、バンドのオピニオン・リーダーでギターをぶち壊すのはPeteであり、狂気のドラマーはKeithであり、リードギタリスト的ベーシストはJohnだった。
そんな個性の強すぎる3人に囲まれたRogerは、どちらかと言えば「片身の狭いリードボーカリスト」という矛盾したな役割を与えられていた。「お前はただ歌っていろ」的なイメージはぬぐえなかった。
(1965年にPeteがクーデターを起こす以前は、Rogerがバンドのボス的存在だった時期もある)
それが相次ぐメンバーの死によって、次第にThe Whoのスポークスマンとして前面に立つようになった。近年リリースされた彼らの記録映画「Amazing Journey」において、理知深く的確な発言をするRogerには驚いたものだ。

そんなRogerのソロコンサートは、The Whoが博物館的な「懐かしのバンド」ではなく、今なお現在進行形のライブバンドであるということを伝えるのに充分なステージだった。
「あの曲もやって欲しかった」「この曲をもっとこんな感じで聞きたかった」という感想はあるかもしれないけど、あえて観客を裏切るという選曲には彼ら(と言っても、もう二人しかいないが)がいまだに保守的ではなく、イノベーターであり続けているという証左に他ならないのではないだろうか?

僕のはRogerの選曲にはこんなメッセージを感じた。
「もう日本には2度来たのだから、今回はもう少し掘り下げたThe Whoの紹介をするよ。何?"Won’t Get Fooled Again"を聞きたかったって?どうせまた来日するんから、その時に聞きにおいで。お楽しみはまだまだ続くよ」

ライブレポ

Posted by spiduction66