高ころび

2006/1/18 水曜日

以前haruさんとライブドアのホリエモンについて話をしたことがある。
その時、僕は「この5年から10年ぐらい、彼は絶好調だと思うけど、いずれ"高ころび"にころぶよ」
と言った。

haruさんに「高ころび」ってどんな意味ですか?と尋ねられた僕は、「高いところに立っていて、足場ごとつんのめるように倒れるって意味かな」なんて答えた。

でも実は「高ころび」の意味を、いまだによくわかっていないのだ。

考えてみるとこの言葉は、けっして現代に生きている言葉じゃない。
戦国時代に、織田信長に面会した安国寺恵瓊(あんこくじえけい)という人物が、主君の毛利元就に送った書簡(1573年に出されたと言われている)に出てくる言葉なのだ。

信長之代、五年、三年者可被持候
明年辺者公家などに可被候かと、見及申候
左候て後、高ころびに、あおのけに、ころばれ候ずると、見え申候
藤吉郎さりとてはの者にて候

(信長の全盛は3年から5年は持つでしょう。近いうちに公家になるかもしれません。しかしその後には"高ころび"に転んでしまうのではないかと思いました。(いっぽう)藤吉郎(のちの豊臣秀吉)はひとかどの人物だと思います。)

天下を手中に収めるために怒涛のように勢力を伸ばしつつあった信長。彼は革新的な発想力の持ち主だったが、いっぽうで驕りのようなものを周囲に撒き散らしていた。人を人とも思わない冷酷なところもあった。そうした信長のことを、恵瓊はこのように評していた。また当時は信長の一参謀に過ぎなかったが、情に厚く、機転のきく秀吉のことをこのように評していた。

この予言ともいえる人物評は、およそ10年後に的中する。1582年、京都の本能寺に滞在していた信長は、冷酷に扱った部下の明智光秀から恨みを買い、その急襲を受けて切腹する。
かわって天下を引き継いだのは、藤吉郎こと秀吉だった。

さてホリエモン。
ホリエモンは僕なんぞとは比べものにならない優秀な経営者だし。ニッポン放送株の取得劇を演出してみせた点では革新的だと思った(少なくともこの日本では)。
だがいっぽうで周囲の目というものを気にしすぎて次第に過剰に自分を演出するようになったのが気になっていた(人間はそれで成長するんだけどね)。資金調達に関しては有能なブレインを抱えていたのだが、そのいっぽうで政治方面への根回しの足りないことに気付いたのだろう、突然衆院選に出馬したりしているのも妙に映った。そうした無理やりな部分が気になってはいた。

haruさんとの会話もそんな時に出たのだろう。信長とホリエモンとは決して人物的にはオーバーラップしないのだが、その無理やり感に「高ころび」しそうな予感があったので、その言葉がフッと出た。

さて今回の証券取引法違反事件だが、僕にはこれは「想定の範囲外」だった。これが「高ころび」だとすればあまりにも時期が速すぎるからだ。またコンプライアンスなんてことはそれなりにキチンとやっているものだと思っていた。何しろ周囲の目が光っている舞台で演技をしているのだからね。お粗末といえばお粗末な話だと思った。

まあ今後の進展を見ないとわからない部分もあるが、僕はこの失敗から立ち直ったホリエモンも見てみたいと思っている。もっと老獪になって、凄いスケールになって戻ってくるだろうと思っている(別にファンなわけではないけどね)。

さて「高ころび」の意味だが、急転直下転がり落ちるという意味なのか、あたかも竹馬に乗ったまま転ぶように高みからバタンとつんのめるような意味なのかは、相変わらずよく分からない。(誰かご教示願います)。