上大岡の寒い夜

1月30日の23時30分ぐらい。

さあて帰ろうと会社を出て駐輪場まで歩いてゆく。
この季節には通りがかりの自販機でこれを買うのが習性のようになっている。

(午後の紅茶HOT)
その自販機、これが100円で買えるので重宝している。
この季節、こういうのを飲みながら走らないととてもやってゆけない。

ところがだ。
駐輪場のそばに空家があって、そこの軒下にうずくまっている人がいる。
ヒゲぼうぼう、髪の毛もじゃもじゃで、汚れた服を着て丸くなっている。

「ホームレスだ」。

実は上大岡で仕事をして長いけど、この地でホームレスを見るのは珍しい。
あるいは駅付近にはいるのかもしれないけど、僕は初めて見た。

このまま素通りしてもよいのかもしれない。
でもこの寒さだ。しかも時間は深夜0時前ときている。
こりゃあ間違いなく凍死すると思ったので「もしもし」と声をかけてみた。

こちらを向いたその人は60代前後だった。

「もしもし、こんな所へいたら、寒さで死んじゃいますよ」
「うん、わかってる」
「家はないんですか?」
「今はない。ずいぶん前に出た」
「警察に行って保護してもらったらどうです?」
「警察はいやだ」
「でも...この寒さじゃヤバいですよ」

そんな会話をしていたら、そのおじさんが言った。

「悪いけどお願いがある、100円くれないか?温かいものを飲みたい」

うーん、そうきたかと一瞬考えたが、
手に持っていた「午後の紅茶HOT」を差し出す。
おじさん、「ありがとう」と言ってそれを受け取ると両手にはさんで「温かい温かい」とグリグリしている。

「午後の紅茶HOT」の温かさが、このおじさんにとっては命綱になるほどの存在なんだなぁ~と思った。

「お願いついでにもうひとついいかな?」
「はい?」
「あと100円くれんだろうか?」

そうきたか。

そこでこう言った。

「おじさんね。僕は紅茶を差し上げた。これ以上はあげれないよ」
「そりゃ、そうだろうな」
「おじさんは嫌かもしれないけど、死んじゃいけないよ。警察に保護を求めて生きること考えて下さい」
「.....」
「いいですね。生きて下さいね」

そう言うと、僕はその場を去った。

単なる自分の自己満足なのかもしれないし、そういう事をすると際限がないものなのかもしれない。
たまたま上大岡という場所で珍しい例だったというのもある。
でも自分の中で一番強い動機は「明日は我が身」と考えたからだ。

まがりなりにも半世紀を生きてきて、自分自身も浮き沈みを体験してきたし、
人の事を笑っていた人が、逆の立場になってしまったのを何度も見てきた。
「絶対」なんてものはない。あるならそれは「絶対なんていう名の絶対なんかないという絶対」という真理だけだ。

その足で上大岡駅前交番に行き、警察官に事情を説明し「保護して下さい」と伝えた。
「排除しろ」とも「何とかしてくれ」とも言わず「(警察官職務執行法に基づいて)保護して下さい」と伝えた。
あとはご本人の意思だと思う。

一応、こうしてブログに書いておきます。