旧笹子隧道で
昭和10年、
舞台はとある設計事務所。
「所長、笹子隧道ポータル(入口)のデザインを考えてみました」
「どれ見せなさい…..ふうむ」
「所長、ダメでしょうか?」
「君ね。モダニズムか何かは知らないけど、ちょっとこれでは洗練されすぎだな」
「所長、お言葉を返すようですが、自分は洗練こそが最高の美だと思っております」
「いや、ちょっと前ならばその考えも是なのだが….これからは国家の威信を誇る時代だよ」
「はぁ」
「我が国の幹線道路である甲州街道の重要なトンネルに求められるのはどんなデザインだと思うかい?」
「私には分かりません」
「重厚さと権威だよ。君」
「と、申しますと?」
「もっと派手にギリシャ風の円柱とかアーチとか入れて権威ある感じにしてだなぁ、レンガ色の切石を使って重厚な感じにして欲しいのだよ」
「ひええええ所長!それじゃあ明治とか大正に逆戻りじゃないですかぁ〜!」
「いいんだよ。世の中が再びそうなりつつあるんだから」

「しかしですね所長、トンネル両側のポータルをそのデザインにしたら予算オーバーに…」
「わからんかなぁ。君はいま通り過ぎたトンネルを振り返るかい?」
「いやぁ、ないですねー」
「東京側だけきちんとやっとけば格好はつくじゃないか!」
「確かに!じゃあ所長、甲府側は私のモダンなデザインに任せて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああいいよ、ただし条件がある」
「えっ?」
「甲府側もポータル真上に丸っこいアーチだけは付ける事。これが条件だ!」
「うわ」

なーんて会話が繰り広げられたんじゃないかと想像しながら旧笹子隧道を通り過ぎた。
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