音の記憶(1)「ディズニー映画ヒット・ソング・アルバム(Beloved Songs from Walt Disney’s Film)」

上大岡的音楽生活

4歳か5歳の頃の記憶だと思う。
川崎の武蔵小杉にあった社宅の一室...お昼にもかかわらず、障子を閉め切った部屋で、僕はそのレコードを聞いていた。
障子を通してうっすらと入ってくる光が、畳に幾何学的な桟の影を落としていたのを覚えている。

誰かがそばにいた、という記憶はない。
多分一人で留守番でもしていたのだろう。

不思議なことに、僕はすでにレコードのかけ方を知っていた。
A面が終わると自分でB面へ。乱暴に針を落として、続きを聞いていた。

A面8曲のそのレコードは、ジャケットの内側に一曲一曲ごとにイラストが描かれていた。

それぞれが独立した楽曲だってことは、なんとなく気づいていたけど、僕としてはその8曲が連環したひとつのストーリーになっていると考えたかった。
だから自分で一曲一曲のイラストを眺めながら、物語を考えていた。
ご丁寧に曲順にあわせてマジックで矢印を書いたのも、この頃のことなんだろう。

あるところにわんわんがいました(「101匹わんちゃん大行進」)。
あるひピノキオといっしょにたびにでました(「ピノキオ」)。
とちゅうで7人のこびとさんとなかよくなりました(「白雪姫」)。

と...ここまではいいのだけど、その次のイラスト(「南部の唄」)になると絵の意味がよくわからない。その次のお姫様(「眠れぬ森の美女」)やピーター・パンあたりになると、ストーリー作りに挫折してしまうのだ。

このレコードに関するもうひとつの記憶には、家族の姿がある。
ある夜のこと、僕と3つ上の姉貴とでかわりばんこに曲にあわせて踊ることになった。
僕の番が「ダンボ」の曲だった。
ダンボの映画を見たことはなかったけど、耳で空を飛ぶ象だということはなぜか知っていた。
親父とお袋の前で、食卓の椅子の上に上っては飛び降り、上っては飛び降りして「踊った」のだった。

不思議なことに、この頃の僕には映画館でディズニーの映画を見たという思い出がない。
自分が記憶している限りでは、ようやくディズニー映画をマトモに見たのは1989年の1月7日のことだ。
銀座三原橋の映画館でリバイバル上映された「不思議の国のアリス」が最初だったと思う。
なぜここまで日付を覚えているかというと、翌日に昭和天皇が崩御、昭和時代が終焉を迎えたからだ。
この時、僕はもう19歳だった。

だから、僕はこのレコード....「ディズニー映画ヒット・ソング・アルバム(Beloved Songs from Walt Disney’s Film)」から流れる音楽の数々と、そこに描かれたイラストと、母親が聞かせてくれる映画の内容だけで、数々の映画を「見ていた」のだと思う。

さてこのレコード、裏に楽曲ごとの解説が書かれているのだけど、下段に「1962.7」と発売年月が記載されている。今からちょうど50年前に発売されたものだ。
196207
僕の姉貴はこの年の12月1日に生まれているのだから、おそらくその時期に親父とお袋がこのレコードを買ったのだろう。
今では実写リメイクまでされている「101匹わんちゃん大行進(1960)」が、当時は最新映画としてジャケットにも使われている。

マジックで矢印を書いてしまうような扱いもしたけど、僕はこのレコードを大切にもした。
たしか小学校の低学年の頃だったと思うけど、レコードを入れていたはずの内袋がなかったので、わら半紙でぞんざいな内袋を作った。

破れかけていたジャケットもセロテープで補修した。
これは僕にとって現存する唯一の「小学生の時の工作」だ。
もちろん「小さい頃に好きだったレコード」という気持ちもあっただろうけど、根本的に音楽に対する妙な執着心がこの頃からあったのだろう。

その気持ちは姉貴にもあったと思う。
姉貴も僕も結婚式の際に、声楽家にシューベルトの「アヴェ・マリア」を歌ってもらったけど、これはこのレコードに収録されていたからに他ならない。
その影響で、僕の妹までも結婚式で「アヴェ・マリア」を歌ってもらう羽目となった。

そんな人間だから、最後にレコードの内容についてもきちんと書いておこう。
あわせて、このアナログ盤からデジタル化したレア音源を2曲ほどYoutubeに(削除されるんじゃないかと恐れつつ)アップしてみた。

【タイトル】「ディズニー映画ヒット・ソング・アルバム(Beloved Songs from Walt Disney’s Film)」
【規格番号】WDL-2008(Walt Disney Landの略か?)
【レーベル】ディズニーランド・レコード(こういうレーベルがあったとは知らなかった)
【発売月】1962年7月
【収録曲】
A面
1:101匹わんちゃん大行進(映画「101わんちゃん大行進(1960)」より)
2:星に願いを(映画「ピノキオ(1940)」より)
3:ハイ・ホー(映画「白雪姫(1937)」より)
4:ジッパ・ディー・ドゥー・ダー(映画「南部の歌(1946)」より)
5:いつか夢で(映画「眠れる森の美女(1959)」より)
6:第2の星は右に(映画「ピーター・パン(1953)」より)
7:ケイシー・ジュニア(映画「ダンボ(1941)」より)
8:セブン・ムーンズ(映画「ムーン・パイロット(1962)」より)

フランス女優のダニー・サヴァルがベータ・リラエという星からやってきた宇宙人。一方のトム・トライオンが人間パイロット役という宇宙ラブコメディ。
マイナーな上に実写版ディズニー映画ということもあって、この音源がCD化される可能性はかなり低いと思う。
「ダニー・サヴァルのコケティッシュなボーカルがたまらない」と書くのはオトナになってしまったから。
幼児だった僕は、この宇宙っぽい不思議な音楽が大好きだった。

B面
1:レッツ・ゲット・トゥゲザー(映画「罠にかかったパパとママ(1961)」より)
僕にとって最古の「ロック体験」のひとつ。これを歌っているヘイリー・ミルズはクーラ・シェイカーのクリスピアン・ミルズのお母さん。
2:南海漂流 主題曲(映画「南海漂流(1960)」より)

今は「スイス・ファミリー・ロビンソン」という原題で知られている実写映画。東京ディズニーランドにもアトラクションがある。
当時は退屈極まりない曲だったけれど、いま聞くととってもいい曲だ。作曲はウィリアム・アルウィン。
当時ディズニーやテレビ番組のサウンドトラックを多く手掛けていたサルヴァトーレ・カマラータという人が指揮をしている、というところまではわかったけど、いまだにCD化されていない。
3:不思議の国のアリス(映画「不思議の国のアリス(1952)」より)
4:トビー・タイラー(映画「サーカス小僧(1960)」)
5:アヴェ・マリア(映画「ファンタジア(1940)」)
6:ビビディ・バビディ・ブー(映画「シンデレラ姫(1950)」より)

上大岡的音楽生活