「あの音楽」を歌った人 -鐵 彌恵子さんと黒澤明と佐藤勝-

黒澤明の1963年の映画「天国と地獄」の冒頭シーンには、佐藤勝が作曲した不気味な音楽に乗せて、女性の甲高いボーカルが流れます。

曲名は「タイトルバック」という簡素なもの。

西区の浅間台あたりから撮影された夕暮れの横浜駅付近の風景をバックに流れるその声は、これから起きる「理不尽な狂気」を予感させます。
最高音は2つ上のC#。

この声の持ち主がオペラ歌手の鐵 彌恵子(てつ やえこ)さん。

「そんな話は聞いたことない」と言われるのも当然です。
映画上では彼女の名前はクレジットされていませんから。

しかし作曲家の佐藤勝は好んで彼女を起用し、それは様々な映画で使用されました。
彼女自身が「何の映画に使われたか覚えてない」ぐらい色々と吹き込んだのだそうです。

たまたま「天国と地獄」もそのひとつだったというわけです。
黒澤明 天国と地獄
鐵さんは、昭和20年代~30年代当時の日本では数少ないコロラトゥーラが歌える方でした。

あっ「コロラトゥーラ」というというのは(僕の理解が正しければですが)2オクターブ上のCからFあたりをコロコロ転がるように技巧的に歌うという唱法でして、モーツァルトのオペラ「魔笛」に登場する「夜の女王のアリア」があまりにも有名です。

鐵さんは、二期会が初めて「魔笛」を上演した際、他の配役がダブルキャストだった中、たった一人で「夜の女王のアリア」を公演中歌い続けた方でした。
そしてそれは昭和20年代の後半のことだったと思われます。

そして現在、二期会の一期生で唯二現存されている方のひとりとなりました。御年86歳!もう戦後のオペラ史そのものという方です。

その鐵 彌恵子さん、長女の京子さん、次女の由美子さん、彼女たちの歌声に、青島広志さんが軽妙なトークを交えたコンサートへ行ってきました。
会場は表参道の「コンサートサロン パウゼ」。

自分がこのようなコンサートへ行くのは珍しいのですが、たまたま偶然にも鐵さんの愛弟子が知人におり、その方のお誘いで行ったのです。

選曲はギリギリまで決まらなかったそうですが、青島さんのピアノ伴奏でステージがはじまります。

ララ「グラナダ」(鐵由美子さん)
サティ「ジュ・トゥ・ヴ」(鐵京子さん)
と、娘さん二人が歌われた後、86歳の彌恵子さんがソロで歌います。

曲は服部正の「野の羊」、そして山田耕筰(編)「箱根八里は(馬子唱)」。

そりゃあもう驚きでした。
圧倒的な声量と艶やかさ...決して枯淡の領域に行ってない艶やかさです。しかも一つ上のAまで届いていました。何よりも年齢と経験から出る「歌の風格」を感じました。

何しろ86歳のソプラノです。
ピッチがやや届かない時もあるのですが、そんな時でもすぐに修正をかけて歌うのですから、耳がまだぜんぜん生きているわけです。もう腰を抜かす驚きでした。

そうそう、黒澤ファンならご存知でしょう。
「野の羊」を作曲された服部正も、初期の黒澤のサウンドトラックを手がけています。

「虎の尾を踏む男達(1945)」「わが青春に悔なし(1946)」「素晴らしき日曜日(1947)」の3作。
特にオペレッタの要素も強い「虎の」は、実に印象的でした。

終演後にお話しさせて頂きました。
(もちろん、ピッチのことは触れませんでしたが)、上のような感想、そして黒澤明のファンで、その興味から来たというお話です。

僕は佐藤勝さんとのレコーディング風景についてお尋ねしたのですが...本当はフィルムを流しながらレコーディングをしたのか、ポンと譜面だけを渡されてレコーディングをしたのかあたりまで伺いたかったのですが....佐藤勝さん(?)にお洒落を勧められて進駐軍の口紅を京都まで買いに行かれた話になっちゃった。

鐵さん自身が自由奔放で、しかも屈託のない方なんだということがよくわかりました。

だから今でも歌い続けている。自分が歌って楽しいから、その楽しみを人にも分かち続ける。高さ4cmぐらいの厚底舞台シューズを履いた彼女は、今なお現役のソプラノ歌手なのです。