1924年1月の音楽

気に入った音楽、気になった「音」、時代時代に関係する「音」をクロニクル形式(時系列)でデジタルコンパイルする音楽コレクションを25年ぐらい作っている。

1960年以前のレコーディングは、洋楽を中心にかなり正確に録音日を調べることが可能だ。それ以降は発売日を調べる事が可能だ。
Mp3ファイルに関係する日付を附していくという地道な作業をずっと行ってきた。
時間の幅は紀元前から今日までとなった。関係する「音」は6万曲を超えている。

コレクションの名は「ニッポノホン」。iTunesで管理しているけど、こんな感じで年月ごとにアルバムでまとめ、関係日順に楽曲が並んでいる。
あのソフトは今や絶滅寸前に近いけど、こうして総覧するには便利だ。
そんな中からちょうど100年前、1924年1月に関係する音源プラスアルファを紹介する。

1924年1月とは

日本では大正13年1月。前1923年9月1日に関東大震災が発生している。
震災直後に組閣した山本権兵衛内閣は12月27日に発生した虎ノ門事件(摂政宮裕仁への狙撃未遂事件)によって退陣し、この年の1月7日に清浦奎吾が内閣総理大臣に就任している。

アメリカは第一次世界大戦後の空前の経済的繁栄を続けており、いわゆる「狂乱の20年代 (Roaring Twenties)」を迎えていた。
1922年にピッツバーグでラジオ放送が始まり、電波に乗って「JAZZ」が市民権を得ようとしていた。

レコーディングの世界では古典的な「アコーステイック録音」...音声を電気的に処理するマイクロフォンや増幅機器を通さずに空気の振動のみで録音する...が行われていたが、すでにマイクロフォンやアンプフィルターを介しての「電気録音」の技術開発は進んでいる。1924年4月から7月にかけて「ベル研究所」で無名のオーケストラによって「Romance」という曲が何回かにわたって試験録音されている。商業ベースでのレコーディングは翌年2月~3月まで待たなければならない。

1924年1月1日

【レコーディング】
ブルーノ・ワルター指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団
・ケルビーニ:オペラ「レ ドゥ ジュルネ」序曲 [Der Wassertrager]
・ベルリオーズ:ベンヴェヌート・チェッリーニ 序曲

海外では1月1日も仕事をするようで、どうも日本人のお屠蘇気分で炬燵でうえーいというのとは感覚が違うようだ。
「マエストロ」の名がふさわしい指揮者ブルーノ・ワルターは、1月1日にベルリン国立歌劇場管弦楽団の面々と録音を行っている。
音源はYoutubeにはないけど、こちら(Pristine Classical)で試聴が可能。
ユダヤ人だったワルターがナチ政権から追われてドイツを脱出するのは9年後の1933年3月21日のこと。コンサートをゲッペルスの圧力で中止とされた翌日のことだった。

1924年1月3日

【レコーディング】
セルゲイ・ラフマニノフ [pf.], レオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 第2、第3楽章
ニュー・ジャージー州カムデンにあるビクターのスタジオで、セルゲイ・ラフマニノフ本人によるピアノ演奏で録音された。
この日は第二、第三楽章のみの録音。第一楽章は1924年12月22日に録音されたが、どうもラフマニノフ本人が出来栄えが満足できなかったようだ。
当時、この録音が日の目をみることはなかった。時間の流れに埋没しながら輝き続ける素敵な音源だ。

1924年1月7日

【小説】
小川未明『ある夜の星たちの話』(時事新報1月7日初出)

1924年1月8日

【レコーディング】
ベッシー・スミス (Bessie Smith)
「ブルースの皇后」と呼ばれたベッシー・スミスの録音。8~10日の3日間で7曲をレコーディングしたと記録にはあるけど、現存しているのは4曲。

・Frosty Morning Blues

1924年1月9日

【レコーディング】
ベッシー・スミス (Bessie Smith)

・Eavesdropper’s Blues

・Hundred House Blues

1924年1月10日

【レコーディング】
ベッシー・スミス (Bessie Smith)

・Easy Come, Easy Go Blues

1924年1月18日

【レコーディング】

フリッツ・クライスラー [vn.], カール・ラムソン [pf.]

明治大正の御代の日本人にとっては「ヴァイオリン」こそが身近な西洋楽器だった。街角にはバイオリンの弾き語りをする「演歌師」が立っていた。僕の曽祖父も東北の田舎でバイオリンをギコギコ鳴らしていたらしい。

世界的なバイオリニスト、フリッツ・クライスラーがミヒャエル・ラウハイゼンとともに来日したのは前年大正12年4月20日のこと。5月1日から東京、横浜、神戸など各地で公演を行った。東京で計8回の公演を行った帝国劇場は9月1日の関東大震災で焼尽する。そして11月にはヤッシャ・ハイフェッツが来日し、帝国ホテルと日比谷公園で義捐公演を行い、震災に打ちひしがられた人々の心を音楽で勇気づけている。

1月18日は2曲をレコーディングしている。どちらも当時の流行歌だ。

・Love Sends A Little Gift of Roses

【できごと】
護憲三派結成

1924年1月21日

【レコーディング】
ドク・クックス・ドリームランド・オーケストラ (Doc Cook’s Dreamland Orchestra)
ドク・クックはシガゴ出身のジャズバンドリーダー。この日、リッチモンドにあるガネット・レコードのために6曲をレコーディングしたうちの2曲を紹介。
この音源群が貴重なのは伝説的なコルネット奏者フレディ・ケパード(Freddie Keppard)が参加しているということ。彼の演奏は24曲しか現存していない。

・Lonely Little Wall Flower

・Memphis Maybe Man

・Moanful Man
・Scissor Grinder Joe
・So This Is Venice
・The One I Love

【出来事】
レーニン死去

1924年1月24日

【レコーディング】
アル・ジョルスン (Al jolson)
1910年代から1940年代まで一世を風靡した歌手、アル・ジョルスンは、この日4曲を録音している。
中でも「California Here I Come」は大ヒットとなった。現在は「カリフォルニア州非公式の州歌」と言われている。
アルが世界初の商業トーキー映画「Jazz Singer」で自分の歌声をスクリーンで披露し、名台詞「お楽しみはこれからだ」と言うのは1927年10月のこと。

・California Here I Come

・I’m Going South

フリッツ・クライスラー [vn.], カール・ラムソン [pf.]
1月18日に引き続いてこの日は4曲をレコーディングしている。

  • チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 35 – 第2楽章 カンツォネッタ(アンダンテ)
  • エドゥアルド・シュット:スロヴァキアの哀歌
  • ハイドン:交響曲第96番 ニ長調「奇跡」 Hob.I:96 – 第3楽章 メヌエット
  • トラディショナル:古いフランスのガヴォット

1924年1月25日

【小説】
田中貢太郎「柳毅伝」 (同日発行の単行本「女国」より)

1924年1月26日

【出来事】
皇太子裕仁御成婚
関東大震災により延期していた久邇宮良子女王との御成婚が、この日行われた。

【音楽】

  • 大沼哲「皇太子殿下御成婚奉祝前奏曲」

のちに陸軍戸山学校軍楽隊長となる大沼哲が宮内庁から委嘱されて書き上げた作品。太平洋戦争で戦死した音楽家の一人。

1924年1月(日付不明)

【音楽】

  • 童謡:あの町この町 (野口雨情作詞、中山晋平作曲)
    児童雑誌「コドモノクニ」大正13年1月号に、岡本歸一の挿絵とともに掲載されたのが初出であると池田小百合さんの名サイト「なっとく童謡・唱歌」に紹介されている。
    号数からすると大正12年12月に出版されているわけだけど、それを正確に記してゆくとややこしいので、こちらで紹介する。
  • 水郷の唄
    服部良一作品とは同名異曲。こちらは作者不詳。帝国キネマ演芸による映画「水郷の唄」が大正12年に封切られた。この映画は日本映画データベースによれば10月26日公開となっているが、所蔵のコロムビアCD「明治・大正 恋し懐かし はやり歌(下)」解説書には「大正12年12月に封切られた」となっている。関東大震災直後の混乱の中での公開だから何とも言えない。当時はサイレント映画だったわけだけど、おそらく映画の最中に楽士によって演奏された曲なのだろう。解説書には「その歌が書生節として吹き込まれ、翌月発売された」とある。
    当時誰が歌ったかは不明だが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索すると田辺正行,田辺朝子「流行書生節 水郷の唄」(オリエント 商品番号 : 2694)と出てきたので、あるいはこれが「翌月発売された」ものなのかもしれない。大正13年当時「オリエント」は日本蓄音器商会(のちの日本コロムビア)のいちブランドだった。CDでは演歌(演説歌)師の金子潔が歌っている。Youtube等には音源はなかった。

そのほかの1924年1月音源を聞きたい人は...

Discography of American Historical Recordings」における「1924-01-01 to 1924-01-31」の検索結果を参照されたし。
楽曲情報の最右にあるディスクマークが黒い場合は聞くことができます。

参考文献