もし女性に「ボブ・ディランのCDを作って欲しい」と言われたら

上大岡的音楽生活

(あくまで仮定の話です)

ノーベル賞を貰っても引きこもってしまうかと思えば、一応電話では委員会に喜びを伝える。
ところが「先約があるので」とロックな理由で授賞式に欠席するんだという。

決して彼は傲慢なのではない。単にシャイなだけだ。

昔からディランにはそういうトコロがあった。名誉とか栄誉とかへの拒絶反応が強いのは、自分が照れくさいのもあるし、今後の創作活動がやりにくいという警戒心もあるのだろう。

そして…..本当に自分でもどうしていいのかわからないのだと思う。それがぎこちない形で出てきている。

僕なんかは「あっ、50年前と変わらないなぁ」と、面白がってしまう。今のディランって1966年のオートバイ事故直後の「隠遁生活時代=ベースメント・テープス時代」となんだか似ている。ロック化したディランが世間の非難や賞賛や喧騒から離れて、ニューヨーク郊外のウッドストックに引き込もった時代のことだ。

でも、そんな彼が自宅にこもっていようといまいと、世の中は流れてゆく。

上大岡では小学生1年生の男の子の痛ましい交通事故があり、神宮外苑では5歳の男の子がアート作品内部の不用意な電球によって命を失った。福岡市では「ア・デイ・インザ・ライフ」のネタにでもなりそうな大穴が開き、それが一週間で閉ざされたことに世界が驚嘆した。アメリカではトランプが大統領選に勝利し、カリフォルニア州は独立を画策し、相変わらず高齢者の事故は後を絶たない。

毎日のように流れてくる情報は、自らの情報も過去へ過去へと覆い流してゆく。
すでに大口病院の出来事も津久井やまゆり園の出来事も報道されなくなっている。

我々は時間という大きな流れの中で踏みとどまることもできずに流されてゆく。そういうことを考えていたら、ある時代にある表現者が残した音楽というものは、いまだその時代にとどまってその時代の空気を発信し続けているということに気づく。

まるで河口に毅然と立ちながら航路を案内してきた「澪標(みおつくし)」のようにだ。
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ディランは、そんな澪標を時代ごとに打ち立ててきた重要なミュージシャンの一人だ。
どんなミュージシャンにも旬な時期というのがあるものだけど、彼の凄い所は21世紀になっても比較的良質なアルバムをリリースし続けているところだろう。もちろん今の彼の音楽が、今の時代の音楽の「道しるべ」となっているとは言い難い。だけど、ひとつひとつの楽曲にもアルバムにも荒波にもまれながらも毅然として立つ風格が、今でも十二分にある。なかなかこういうミュージシャンにはお目にかかれない。だから今でも新譜が出ると聞いてしまう。
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さて、彼のノーベル賞受賞によって、ディランの音楽を知りたいと思う方々は結構いるんじゃないだろうか。

Youtubeで聞けばいいやと思うかもしれないけど、注意して欲しいのはあそこに出回っている音源は殆どが別バージョン…未発表とかデモとかとかライブバージョンとかだ。多分著作権の関係でディラン側が厳しいのだろう。ほとんどオリジナルバージョンは出回っていない。

そんなこともあるのだろうか「ディランのベストCDを作ってくださいよ」と言われるコトがある。まあオトナ的な理由からお断り申し上げるのだけど、そう言ってくるのがすべて男性というのがディランを取り巻く状況だ。

そうだった。1985年にディランの日本武道館コンサートの時も圧倒的に男性の比率が高かったっけな。

では、もし女性に「ディランのCDを作ってよ」と言われたら、どうセレクトするか?というのが今回のテーマだ。

結論から言うと、こうなった。

【Disc 1】
1:[1963.03.27] くよくよするなよ[Don’t Think Twice, It’s All Right][Album-The Freewheelin’-] – Bob Dylan
2:[1963.05.27] 北国の少女[Girl From The North Country] [Album-The Freewheelin’ Bob Dylan-] – Bob Dylan
3:[1965.03.08a] サブタレニアン・ホームシック・ブルース [Subterranean Homesick Blues] – Bob Dylan
4:[1965.03.22] Love Minus Zero/No Limit [Album-Bringing It All Back Home-] – Bob Dylan
5:[1965.04.12a] Mr.Tambourine Man – The Byrds

6:[1965.06.21] All I Really Want To Do [Album Version][Album-Mr.Tambourine Man-] – The Byrds
7:[1965.09.10a] If You Gotta Go, Go Now [Stereo Version] – Manfred Mann

8:[1965.09] 悲しきベイブ [It Ain’t Me Babe] – The Turtles
9:[1966.05.16] I Want You [Album-Blonde On Blonde-] – Bob Dylan
10:[1966.05.16] 女の如く [Just Like A Woman] [Album-Blonde on Blonde-] – Bob Dylan
11:[1967.03.13] My Back Pages – The Byrds
12:[1967.12.27] 見張塔からずっと[All Along The Watchtower][Album-John Wesley Harding-] – Bob Dylan
13:[1968.01.12] The Mighty Quinn – Manfred Mann

14:[1968.04.02] どこにもゆけない [You Ain’t Going Nowhere] – The Byrds
15:[1968.07.01] I Shall Be Released [Album-Music from Big Pink-] – The Band
16:[1969.04.09] 北国の少女 [Girl From The North Country][Album-Nashville Skyline-] – Bob Dylan with Johnny Cash
17:[1969.04.09] I Threw It All Away [Album-Nashville Skyline-] – Bob Dylan
18:[1969.04.09] Lay Lady Lay [Album-Nashville Skyline-] – Bob Dylan
19:[1969.04.09] 今夜は君と [Tonight I’ll Be Staying Here With You][Album-Nashville Skyline-] – Bob Dylan
20:[1970.10.19] Sign On The Window [Album-New Morning-] – Bob Dylan
21:[1970.10.19] If Not For You [Album-New Morning-新しい夜明け] – Bob Dylan
22:[1971.09.15] 傑作をかく時 [When I Paint My Masterpiece] [Album-Cahoots-] – The Band

23:[1973.07.16] 天国への扉 [Knockin’ On Heaven’s Door] – Bob Dylan
24:[1973.07.16] Final Theme [Album-Pat Garrett & Billy The Kid-] – Bob Dylan
25:[1973] いつまでも若く [Forever Young] [Demo] – Bob Dylan

【Disc 2】
1:[1974.01.17] いつまでも若く [Forever Young][Album-Planet Waves-] – Bob Dylan, The Band
2:[1974.09] You’re A Big Girl Now [Early Version] – Bob Dylan
3:[1975.01.17] ブルーにこんがらかって [Tangled Up In Blue] [Album-Blood On The Tracks-] – Bob Dylan
4:[1975.01.17] 運命のひとひねり[Simple Twist Of Fate] [Album-Blood On The Tracks-] – Bob Dylan
5:[1976.01.05] モザンビーク [Mozambique] [Album-Desire-] – Bob Dylan
6:[1976.01.05] コーヒーもう一杯 [One More Cup Of Coffee][Album-Desire-] – Bob Dylan
7:[1978.06.15] Changing Of The Guards [Album-Street Legal-] – Bob Dylan
8:[1980.09] Every Grain Of Sand [Demo] – Bob Dylan


9:[1981.04.23] You Changed My Life [outtale from Album-Shot of Love-] – Bob Dylan
10:[1983.05.05] Blind Willie McTell [Unreleased] – Bob Dylan
11:[1985.06.10] Emotionally Yours [Album-Empire Burlesque-] – Bob Dylan
12:[1989.03-04] Dignity [Alternate Version][Album-Oh Mercy-Outtake] – Bob Dylan
13:[2000.05.01] Things Have Changed [Single Release] – Bob Dylan

14:[2001.09.11] Moonlight [Album-Love and theft-] – Bob Dylan

15:[2006.08.29] Working Man’s Blues #2 [Album-Modern Times-] – Bob Dylan

16:[2012.09.10] Duquesne Whistle [Album-Tempest-] – Bob Dylan

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自分なりに考えた選考基準はこうだった。

【優しさ】男性のファンが多いミュージシャンの音楽を女性に聞かれるとするならば、選考のひとつのテーマは「優しさ」ではないだろうか?歌詞が男の優しさを歌っているとかでもいいのだけど、ネィティブなアメリカ人でもない限りディランの歌詞なんて正確には理解できないのだ(あっ、言っちゃった)。あくまで「読ませる」のではなく「聞かせる」ことに主眼をおいているわけだし、男性に比べると女性の方が現実を受け止める力があると思っているから、歌詞カードもない、耳にするしかないという状況ならば、歌詞に重きをおかず「耳に優しい」というのがひとつアリだと考えた。

【メロディアス】これは女性に限らずディラン初心者への配慮のひとつかも。ディランは詩人として評価される以前からソングライティング面、特にメロディー・メーカーとしても素晴らしい作品を残している。僕はカミさんから「意外とメロディアスな曲を書くね」と言われて「そういう先入観を抱かれるよなぁ」と思ったぐらいだ。家内のディランに音楽に対する先入観は「フォーク・シンガー。難しい言葉をガラガラ声で単調に歌い続ける」というものだったらしい。「I Want You」を聞かせた時は「こういうポップな曲があるなんて」と驚いていた。上とも被るけど、どうやったって言葉の壁はあるわけだから「メロディアス、聞きやすい」というのは大切なファクターだろう。

(I Want You – 1966)

【有名な曲である必要はない】ディランの最も有名な作品は?と考えると世界では「Like A Rolling Stone」、日本では「風に吹かれて(日本)」あたりではないかと思う。特に「Like A Rolling Stones」は音楽雑誌「The Rolling Stone Magazine」が選んだ「500 Greatest Songs of All Time」ほか様々な「歴史的名曲ランキング」で堂々の1位に輝いている(ちなみに2位はストーンズの「Satisfaction」だから、自分の雑誌名に関係のありそうなトコロを選んでいるきらいはある)。ところがこの曲はどちらかと言えば「難しい言葉をガラガラ声で単調に歌い続ける」という部類に近いトコロにあると思う(ヤバっ、言ってしまった)。

もちろん、この曲には重みも深みも楽しみもある名曲だし、マイク・ブルームフィールドのブルージーなギター、アル・クーパーの初心者とは思えないオルガン、一番この曲を背負っているじゃないかのフランク・オーウェンスのピアノなどアンサンブルの「絡み」も実に好きだ。でもこれを延々と1時間もリピートするのは僕には無理だ。それにもしこのマイセレクションを気に入ったら、CDショップに行ってディランのベストを買えばいい話だ。「風に吹かれて」も同様の理由から割愛した。

Bob Dylan – Like a Rolling Stone (1966)
(Like A Rolling Stone – 怒号飛び交う1966年イギリスマンチェスターでのライブから)

【カバー曲もあり】今は亡き音楽評論家の今野雄二氏が「ディランは(本人が歌っている)オリジナルより他人がカバーしたバージョンの方がいい」と言ったらしい。それを渋谷陽一がラジオでめちゃくちゃバカにしていたことがあった(渋谷側のラジオ発言だったから、真相は不明)。今野さんという人には音楽評論家というよりは「流行に対する嗅覚が異様に強い人」という印象ぐらいしかなかったから、別にどうでもいいことだ。だけど良い悪いはともかくとして、ディランのカバー曲には難解とも思える音楽を、実にわかりやすいポップチューンに変貌させた良い作品が多い。だってオリジナルがディランだからね。とりわけ60年代のアメリカで最高のバンドだった(と思っている)The Byrdsのカバー作品は、極上の「ポケット・シンフォニー」だと思うので、これを収録しない手はないと考えた。

(Bob Dylan – All I Really Want – 1964年頃のブートライブ音源と思われる)

(The Byrds – All I Really Want [Album Version] – 1965。ディランのオリジナルにないCメロが加えられている)

【未発表曲や別バージョンもあり】これは単なる好みの問題や、新鮮さを感じるという理由から。
世界最初の海賊盤はディランの作品の寄せ集めだったというのは有名な話。彼の音源に関してはもの凄い量の未発表曲、未発表バージョンが出回っている。
いや海賊版対策として….いや完全に我々がカモにされているだけかもしれないけど….公式に「ブートレグ・シリーズ」というが20年以上にわたってリリースされている。現時点では昨年「Vol.12 The Cutting Edge 1965」が18枚組でリリースされている、さすがに2枚組のダイジェスト盤しか買わなかったけどね。
さて「You’re a Big Girl Now」という曲がある。1975年のアルバム「Blood On The Tracks」に収録されている曲だ。僕は最初の数年の間、この公式バージョンで聞きなれてきたのだけど、1985年でボックスセットで発売された「Biograph」に収録されていた「未発表バージョン」が衝撃だった。余計なものを一切そぎ落としたピュアで美しいディランの音楽がそこにはあった。以来、こちらばかりを聞いている。

(You’re a Big Girl Now – 未発表バージョン – 1974)
あと忘れちゃいけないのが「Blind Willie McTell」ね。1983年にアルバム「Infidels」のためにレコーディングまでされながらオクラ入りになった曲なんだけど、1991年に最初の「ブートレグ・シリーズ」で「発掘され」、今ではディラン屈指の名曲として、フツーにベスト盤に収録されている。

個人的に思い入れが強いのは「Forever Young」のデモ・バージョン。これまた「Biograph」に収録されていたバージョン。音は悪いし演奏時間も2分ちょっとしかないのだけど、実は今の仕事を始めた際(2004年3月18日)に、職場で最初に流したのがこの曲だった。何か新しいことを始めようという時に、必ず最初に聞くのがこの曲のこのバージョンだからだ。これは今でも変わっていない。3年前に職場を移転させた時もこの曲を儀式のように流してしまった。

これは余談になるけど「いつまでも若く」という言葉が持つ意味が、「若いヤツには負けんぞ」という昭和の爺さんが持っていた「気負い」ではないことは言うまでもない。むろん老化に対する恐怖感でもない。新鮮でみずみずしい感性、俯瞰ではなく同じ目線からの感性、そういうものをいつまでも、という意味だと解釈している。自分が開業した時のことを思い出すと、当時38歳だった自分の方が、この歌詞の意味をよっぽど深く、しかも切実に考えていたことに気づかされる。それが今の自分の反省にもなる。そういう曲だ。

【Nashville Skyline】こうやってセレクションしていて、自分でも「妙な偏差が出ちゃったな」と思ったのが、1969年にリリースされたアルバム「Nashville Skyline」からの収録曲だけが4曲にもなっちゃったこと。決して「一番好きなアルバム」ではない。だけど「なんだかよくわからないけど好きな曲が並んでしまっているアルバム」という位置づけにはある(The Whoで言うと「By Numbers」がそれにあたる)。あともうひとつはディランの声質の変化。ディランと言えばガラガラ声なのだけど、なぜかこのアルバムだけは澄んだ美しい声で歌っている。実はこれがディランの本当の声だという説もあるのだけど、突然変異の声にはただただ驚かされる。多分女性でも聞きやすいアルバムだろうなぁ~と思ったら、4曲になってしまった次第。

(Lay Lady Lay – 1969)

とまあ、こんな具合にセレクトしてみたわけだ。
有名なアーチストに関しては共通して言えることだけど、その解釈は百人百様だ。歌詞から音楽スタイルにいたるまで誰もが心の中に個々の「ディラン」を持っていると言っていいと思う。だったらディランが本当に百人いることにしてしまえばいい。

僕はこれを「イナバ物置的音楽観」と呼んでいる。イナバ物置は百人乗っても大丈夫だからだ。

はて、そう言えば「イナバ物置史観」を13年前に「下山事件資料館」で提唱したことがあったな。

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