大江戸マーケティングプランナー甚兵衛

管理人のたわごと

時は江戸時代。
寛永15年というから徳川家光の治世、海風が心地よい新緑の季節の話。

下総国葛飾郡に在する田舎寺に、ひとりの男が訪れた。
この男、いささか疲れ果てた住職に向かってこう切り出した。
「失礼ですが、この寺には何も観光の目玉になるものがありませんな」
その言にムッとした住職は、
「それはそうじゃろう。この寺は先々代が開山したものじゃからな」
と吐き捨てるように言った。

男はそれに臆する風もなく
「そこでご提案なのですが」
と、おもむろに背負っていた行李の中から一巻の巻物を出すと、住職の前に広げた。
「私は築地に在する甚兵衛というものです。永年絵草紙屋に奉公しておるうちに、新しいビジネスモデルを考えました。今、それをこうして売って歩いております」

そんなことは興味のなさそうな住職であったが、
巻物に書かれている妙な文言には注視せずにはいられなかった。

一、オリジナル伝説コース 五十両
一、伝説オプションコース 十両(一話につき全国五箇所の寺院さま限定)
一、七不思議コース 三十両(全国ニ十箇所の寺院さま限定)
一、義経伝説コース 五両
一、弘法大師の井戸コース(一国あたり一ないし二箇所の寺院さま限定) ニ十両

住職は首をかしげながらそれを読んでいる。男は話を続けた。
「私は行く先々のお寺に対して、伝説や名所をクリエイトしているのです」
「伝説や名所じゃと?」
「さようでございます。東照神君公が御開府された後に開山したお寺というのものは、なかなか観光の目玉というものがございませぬ。それを私の方で作りだすことで、遠方より遊山の参拝者を呼ぼうというのが私のプランなのです。ご予算に応じて、そこかしこのお寺に提案させて頂いております」

住職はまだ意味を理解できていない。
この男の言っていることは、途方もない話で見当もつかないのだ。

「オリジナル伝説コースというのは何じゃ?」
「簡単に言えば、お寺の縁起、つまり開山に至る経緯やその寺にまつわる伝説を作り上げてしまうのです」
「ほう」
「私の成功事例で申し上げましょう。○○の国の○○寺の縁起はご存知でしょうか?男に裏切られた怨みから、大蛇に化けた女が男に復讐し、男が隠れているお寺の鐘に巻きついて業火で焼き殺すというのがあるでしょう?あれは実は私が考えた話でございます」

住職はそんな伝説が関西のお寺にあったことを思い出した。
その伝説は遠く江戸の地でも絵草紙になって、売られていたはずだ。
「あのような伝説を作り上げることで、その寺を観光の名所にしてしまうのです。ただそれを伝播させるだけでは面白くないので、かのお寺では住職がそれを絵巻物を読み解く説法に致しました。無論絵巻物は私の人脈で作りました。今では大人気のお寺でございます」

男のつかみは万全だったようだ。
住職はさらに質問を試みる。

「伝説オプションコースというのは?」
「そうした伝説に縁のあるアイテムを寺が秘蔵している、あるいは公開しているというコースです。先ほどの例で言えば、焼き殺された男が隠れていた鐘が寺の鐘楼にある、あるいは大蛇になった女のかんざしを秘蔵している、まあ、そういうコースです。もっとも、そのかんざしが十本も二十本もあっては困りますので、ひとつの伝説に関しては全国限定五寺さままでとしております」
「かんざしはともかくとし、鐘が五つもあったらおかしいじゃろうて?」
「なあに、鐘を鋳潰したものから新たに五つの鐘を鋳造したということにしておけばよろしいのです」

なるほどその手があったかと、住職は頭の中で合点する。

「ほほう、では七不思議コースというのは?」
「そのお寺オリジナルの七不思議を作ってしまうのです。"やぶにらみ障子"、"逆さ竹"、"汗かき石"、"濡れ天井"、"月夜の隠し戸棚"、"あげ底の鉢"、食い違い紫檀....と、今思いついたままに単語を並べてみましたが、なんとなく七不思議っぽいでしょう?こういうのをもっともらしく寺内に七ヶ所作り出すコースです。全国にこのようなお寺が沢山あっても面白くないので、限定販売とさせて頂いております」

住職は近隣の八幡村にある「八幡の藪知らず」というのを思い出していた。
足を踏み入れたら最後、二度と出れないと言われている藪だ。
いつから言われているのか、誰がそう言い出したのか、なぜそうなのかを誰も知らない。
誰も知らないが、その藪の周辺は物好きな遊山の客で賑わい、数軒の茶店まで出ているほど盛況なのである。

「ふうむ、では義経伝説コースとは?」
「主に奥州のお寺にご提供させて頂いている格安なコースです。判官九郎義経は衣川の館で討ち死にしたのではなく、北方へと落ち延びた....というのは私が考えたストーリーなんですが、そのゆく先々に伝説の場所を作ってしまおうというコースです。」

住職はこの甚兵衛という男の脳内のどこからそんな考えが出てくるのだろうと、男の月代のあたりを凝視した。
見えるのは5月の季節には似つかわしくない玉の汗だけであった。

「どのような伝説を作るというのじゃ?」
「いくらでも作れます。野宿した場所...これはできれば布団のような平べったい大石があるとなおさら都合がいいです。他にも一夜の宿を借りたお礼に置いていった茶碗、脱ぎ捨てた兜によってできた傷のある石など、いくらでも作れます。低コストで作れる伝説なのです」

「弘法大師の井戸コースというのは?」
「立ち寄った無名の旅の法師に村人たちが厚くもてなす。その法師が村人のお礼にと地面と叩くと、そこから水が湧き出てきた、その法師は実は弘法大師だったというコースです。その井戸の水を飲めば、中風によい、腰痛によい....まあプラシーボ効果なんですが、そうしたありがたい井戸伝説を作り出すわけです。もっとも、あまり井戸が多すぎてもありがたみが薄れるので、一国につき一ないしニ寺さん限定という形で提供させて頂いております」

凪になったのだろうか、海風がぴたりと止んだ。
住職はいつの間にやら食い入るように巻物を見つめていた。
住職の脳内では様々な思考が、電気回路を蠢く直流電流の如く走り回っていた。
ときおり発光ダイオードが点滅を繰り返していた。
甚兵衛はあえて言葉をかけずに、その姿を見つめている。

「しかし...」住職が口を動かした。
「しかしだな、仮に貴殿の伝説を買ったとしても村人に笑われるだけじゃ。ここの村人たちは、そんな伝説や寺宝など、拙僧の貧乏寺にはひとつだにないことを一番よく知っておる....」
「ごもっともです」
甚兵衛は言葉をさえぎるかのように言った。

「ごもっともです。しかしそこはご住職の力で村の方々も巻き込むのです。もしこのお寺に遊山の参拝者が集まるようになれば、宿を借りるものもありましょう、門前には市が立ちましょう。馬子は馬を引くのに忙しくなりましょう。伝説や名所や寺宝にまつわる産物なども生まれましょう....さすれば一石二鳥、いや何鳥になるか想像もつきませぬ」

「ほう」と住職が呻いた。
呻いた瞬間、住職の脳内レベルが1あがった。

甚兵衛はさらに続けた。
「私は絵草紙屋に奉公していたということは申し上げました。私は皆様から頂戴したお金を元に"街道細見"なる旅行ガイドブックを書きます。今の家光公は、こと街道の整備に熱心であらせられます。さすれば全国に広げられた街道を使って、物見遊山の旅をする者が全国津々浦々に至るまで足を運ぶでありましょう。そうした中で"街道細見"は必携のガイドブックとなるはずです。何しろ私が作った伝説を私自身が紹介するのですからね」

風向きが変わったようだ。
草いきれが二人の周囲にたちこめるようになった。

住職は先々代から伝わっていた桐箪笥を質に入れる算段を考えていた。
あれならば二十両で売れるだろう。
そういえば寺の裏手の竹やぶに開山前から放置してある古井戸があったな。
今は危険だからと蓋をしている井戸。
井戸浚えをすれば、あるいは清水が湧き出てくるやもしれない。
そんなことを頭の中で巡らしている住職を、
甚兵衛はニコニコしながら見つめていたのだった。
(おしまい)

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