「ビートルズ・サウンド(CBSソニー出版)」

最初にお断りしておくけど、僕は決して「ビートルズのファンです」と言える人間ではない。
あえて言えば「斜に構えたリスナー」なんだと思っている。

自分にとってのビートルズのピークというのは、中学校3年生のジョン・レノンの死のあたりだった。その後は次第に同時代に生きたミュージシャンたちに耳を傾けるようになり、その延長線上で今では古今東西の音楽を聞いている。ビートルズは沢山いる好きなアーチストのひとつに過ぎないし、今でもヘヴィに聞いているのはザ・フーであり、バーズやヴァン・モリソンがこれに続いている。

だいたいこういうヤツに共通して言えるのは、好きなアルバムは「Revolver」か「White Album」で、好きな曲は「A Day In The Life」か「Dear Prudence」で、ジョンはポールより好きだけど、彼が「愛と平和の使者」なんて死んでも認めないし「家族愛の象徴」に例えられたら鼻でフンと笑い飛ばすようなところがある。つまりティーンエイジャーの時の感性のまま成長がないのが特徴だ。未だにビートルズを心から受け入れる度量なんかないわけだ。

ところが世の中にはビートルズについて書かれたモノが圧倒的に多く、Blogの記事にするにしても「ビートルズ」をテーマにした方がネタになりやすい。そんなわけでこの辺境Blogにおいでもビートルズに関する記事がやたら多いような気がするけど、多分気のせいということにしておいて欲しい。

さて、僕が中学生や高校生の頃、ビートルズに関して何よりも欲しかったのが文字情報...つまり彼らについて書かれた書籍だった。まだ著作権料がバカ高かったせいもあったのだろう。当時はテレビでビートルズの特集をすることなど稀だったから、文字情報だけが唯一彼らの音楽への理解を深める手段だった。

ところがどっこい、当時の日本には(あくまで主観だけど)マトモにビートルズについて書かれた本がなかった。自称「ビートルズ研究家」の香月利一という人が何冊も「ビートルズ本」を出していたし、僕も買ったことがあったけど、どうでもいいエピソードとミーハー感だけが満載でどうにもこうにも好きになれなかった。香月の本はすぐに売り飛ばしてしまった。僕が求めていたのはジョン・レノンの好物がジェリー・ビーンズであるとかないとかではなく「いま聞いている音楽がどうやって作られているのか?」という人間なら誰でも感じる素朴な疑問だった。

そんな中で出会ったのが「ビートルズ・サウンド(CBSソニー出版 1979年)」だった。

巻頭には、こうある。

ビートルズに関する著作は、これまで膨大に出版されてきた。伝記、ドキュメント、写真集、ソング・ブック、資料集、詩集、評論。手を変え、品を変え、考えつくかぎりの本が出た。(中略)だが、ビートルズの音楽性について、表面きって(ママ)書かれた本が、かつてあっただろうか。

おそらく世界で初めてビートルズのサウンドを真正面から分析した本であることを、誇り高く綴っている。
なお、巻頭言では1973年に出版されたウィルフリッド・メアーズの「神々の黄昏(Twilight Of The Gods=現在は「ビートルズ音楽学」という題名で出版されている)」に敬意を表している。ビートルズを「作曲学」という視点から描いた点ではこの本の方が古い。

特定の著者というのはいない。各方面のビートルズに詳しいミュージシャン、作曲家、アレンジャー、レコーエンジニア、音楽評論家など(増尾元章、大塚康一、小泉マリオ、飛田屋子之吉、斉藤節雄、飯箸孝太郎、高峰竜、足木志郎、今泉敏郎、近藤暁子、かまち潤)の情報に基づいて、編集者が構成した内容となっている。

内容はこんな風に構成されている。

第一章「テクニック」
1.エレクトリック・ギター
2.ベース・ギター


3.アコーステイック・ギター
4.キーボード

5.ドラムス
第二章「イクイップメント」
1.楽器
2.レコーディング
第三章「サウンド」
1.サウンド・ルーツ
2.コード・プログレッション
3.アレンジ

第四章「レコード」
1.アルバム
2.ソングス

楽器ごとの譜面やフォームの写真つきの奏法分析に始まり、楽器やエフェクターの解説、レコーディング技術、コード理論、作曲技術、さらに彼らが影響を受けたミュージシャンなどの音楽的ルーツにまできちんと触れている。四章ではアルバム評論が各界のミュージシャンや音楽評論家(かまやつひろし、タケカワユキヒデ、桑田佳祐 e.t.c.)によって寄稿されている。イギリス盤とは収録内容の異なる日本編集アルバムベースで書かれているのが時代を感じる。

今になって読むと誤謬もあることはある。だけど極めてビートルズに関する情報が少なかった1979年という時代に、よくぞここまで書けたものだと驚かずにはいられない。今でも充分に読むに堪える良書だ。

以前「昭和14年のジャズ教則本」という記事を書いた際に「貪欲に海外のサウンドを吸収しようとする日本人の音楽に対する好奇心の高さには、心地よい眩暈すら感じる」と大上段に構えたことがある。この本もまさにそれだ。世界に先駆けてビートルズのサウンドを分析した先人たちの音楽的好奇心には頭が下がる。

もし古本屋さんで見つけたら、迷わず入手した方がいいだろう。