東京演歌エレジー Part.2 ~まつざき幸介さんとともに~

(4年前に書いた「Part.1」はこちら。)

2001年の横浜トリエンナーレの際、都築響一(編集者・写真家・アーチスト)さんが出展した「精子宮(注意:リンク先には刺激的な画像があります)」というアート作品を覚えている方はいるだろうか?前年に閉館したばかりの鳥羽国際秘宝館・SF未来館の展示物を都築氏が買いとり、それを使ってアート空間を構築したものだった。

当時、何も知らなかった僕は2歳だった次女と共にその空間に入り込んだことがある。
マネキンたちのピカピカ光る「おっぱい」の数々と下世話に飾られたレトロフューチャーの世界。
次女にはそれが衝撃だったようで、ずいぶん長い間「おっぱいピカピカ」「おっぱい怖い」と繰り返したものだ。
それが都築響一さんを知るきっかけになった。
あまり日の当てられることのない世界へのマニアックな愛情と憧憬。それが都築さんの世界だった。
ROADSIDE JAPAN ? 珍日本紀行
(都築響一著「ROADSIDE JAPAN – 珍日本紀行」)

何の縁かその都築さんが「演歌よ今夜も有難うー知られざるインディーズ演歌の世界」で演歌歌手まつざき幸介さんのことを一章をさいて紹介したのは3年前のことだった。インディーズ演歌へのマニアックな愛情と憧憬が都築さんを動かした動機だったとすれば、その取材相手は、彼が思っていた以上にメインストリートに出てきたことになる。

都築さんが執筆したまつざき幸介さんのシングル「酒よおまえは」のライナーノーツが素晴らしい。

デビューしたのが いまから8年前。
それからずーっとひとりでCDと衣装の入った
カートを引いて、いろんな場所で歌ってきて、
名の知れた演歌歌手をしのぐぐらいの数のCDを
手売りでさばいて、歌で生計を立てて。

それほどの苦労を重ねながら、
これほど「苦節」という言葉の似合わないひとも、
苦労を見せないひともいない。

歌手は芸能者だ。「カラオケの模範歌唱者」じゃない。
世の中の演歌や歌謡曲が「カラオケで歌いやすい歌」
ばかりになっていくなかで、「聴かせる歌」の
良さを愚直に追い続ける、歌い手の矜持。

そのまままっすぐな姿勢が、媚びない男の色気を醸しだす。
かわいがられるよりも、憧れられる存在であるために。

やっぱり、スタイルがなければプロじゃないのだから。
(都築響一)

地道に一日に何軒ものスナックを回って自分の歌を歌い、手売りでCDを売ってゆく。飛び込みの営業は昼カラの時間帯を利用する場合が多い。そうやって知名度を高めて行き、気が付けば横浜だけでも1万枚近いCDを売っていた。
でも、そういう「苦労」というベタな言葉が、本当にこの人には似合わない。
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(「様式美」の一例。新宿LOFTにあったV系のポスター)
浅草
(「様式美」の一例。浅草にある演歌衣装専門店。「昔は僕もここでよく衣装を買ったものです」とまつざきさん)

ミュージシャンが自分の音楽ファッションとして「ヘヴィメタル」「ヴィジュアル系」「アニソン」を選ぶのと同じように、この人は「演歌」というファッションを選び、その様式美の中に身を置くことに快感すら感じている。だから「苦節8年」という言葉は何かそぐわない、集まるのはそうした苦労に対する同情や共感よりも、いつもスタイリッシュに演歌を歌う姿に対する憧憬のまなざしだ。そうしたことを都築さんも感じられたのだろう。

そして、演歌の枠にとらわれないボーダレスな姿勢。都築さんは、まつざきさんにとって「演歌とは何か?」ということを、的確に言い当てているんだと思う。
3月14日の朝、上大岡の駐車場でまつざきさんと合流した僕は、キャンペーン用の荷物を僕の車へと積み替ると一路東京の錦糸町へと向かった。日本クラウンからリリースされた「酒よおまえは(リミックス)」のヒットの勢いを受けて、レコード販社の方でCDショップの店頭キャンペーンを色々とセットしてくれた。
しかし、まつざきさん側にはまだ応援要員(ファン的な意味ではなく、イベントのサポートをする要員という意味)が整っていない。そんなわけで3日間のキャンペーンのうち2日間をお手伝いに行ってきた、というわけだ。

「今朝の日刊スポーツに僕の記事が紹介されましてね、一部買ってきたんですよ」
「それは凄い!いよいよ来てますね~」
まつざきさんは、助手席で自分の記事を読み始めた。
これってなかなかお目にかかれる光景ではない。
カメラに収めたかったのだけど、こちらは運転手だから仕方がない。
日刊スポーツ まつざき幸介の記事
(日刊スポーツ 2014年3月14日)

「運転手」といえば、今日は3か所のCDショップを回るわけだけど、昨日中にお店から一番近くて安い駐車場を調べて、すべてナビに登録しておいた。Googleストリートビューでお店の雰囲気も掴んでおいた。

「今日は錦糸町からでしたよね?」
「そうです。いきなり凄いですよ。駅前ロータリーで歌うことになると思いますよ」

なんて会話をしている間にも、あちこちからまつざきさんのスマホに着信が入る。
ファンの方からの3月20日に鎌倉芸術館で行われる「小田純平・まつざき幸介ジョイント」のチケット予約だ。
「わかりました4枚ですね」なんて話をした後に世間話が続いている。それが終わるとまた着信。どこかのスナックから店内イベントの事前打ち合わせのようだ。

「ひえ~、よくまあ管理できてますね」
「いやもう、自分でもわけがわかりません」と苦笑するまつざきさん。

首都高は予想以上に渋滞しており、集合時間には間に合いそうもない。
箱崎JCTを使わずに福住ICで降りて、下道で錦糸町にアクセスする。何とか5分遅れで間に合った。

【一軒目:錦糸町 セキネ楽器店
住所: 〒130-0022 墨田区江東橋3丁目13?1(場所はコチラ
電話:03-3631-8506
錦糸町駅前ロータリーに面した間口2m50cmのお店。
錦糸町セキネ楽器店
(錦糸町、セキネ楽器店)
奥さんに「いつ頃創業されたんですか?」と尋ねると「昭和24年です」とかえってきた。
昭和24年といえば下山事件が発生し、美空ひばりがデビューした年だ。
東京大空襲で壊滅的な打撃を受けた錦糸町の焼跡で店頭のスピーカーから流れてくる「東京キッド」。
そんな光景が頭の中に浮かんだ。、

セキネさんの店頭は間口が狭いので、お隣の紳士服店の店頭を借りてのキャンペーンライブ。
ここでは運転手転じてPA担当をつとめる。
まつざき幸介店頭キャンペーン
(まつざき直筆のキャンペーン用楽曲リスト。お手伝い記念に頂いておけばよかった)

クラウン徳間ミュージック販売(元FDI=ファーストディストリビューション)のHさんの司会でイベントが始まる。
僕の役割は進行に応じてMDの指定された曲を頭出しするというもの。MDを使用するというのは意外かもしれないけど、演劇の世界などでもいまだに使われているということを聞いたことがある。CD-Rに比べるとプレイヤーとの相性がいいからだろう。普段MDに使い慣れていないので直前まで四苦八苦したが、何とか「楽曲ポン」までこぎつけた。
まつざき幸介 錦糸町セキネ楽器キャンペーン
たちまちお客さんが増えてゆく。
東京のど真ん中、駅前のロータリーにまつざきさんの歌声が流れてゆく。

一曲目は新曲「酒よおまえは」の2コーラスバージョン。お次はまつざきさんがそのボーカルスタイルに一番影響を受けたという堺正章の「街の灯」、次いでオリジナルの「鎌倉残照」…そんな風にカバーとオリジナルを入り混ぜながらステージは進行してゆく。あれだけオリジナル曲がありながら、自分が影響を受けた曲のカバーを合間合間に入れてゆくところに、ボーカリストとしてのまつざきさんのスタンスが感じられた。
まつざき幸介
まつざき幸介
それにしてもまつざきさんは絵になる男だ。女性のファンが圧倒的に多いというのもよくわかる。そんな人が男を主人公にした「酒演歌」で一気にファン層を広げたのが今回の盛り上がりだ。
確かにこうやって見ていると「苦節8年」という言葉に磁石のようにくっついてくる「汗と涙と根性」という演歌的空気とは別のところにいる。そこが彼のボーカルと相まって大きな魅力となっているのだろう。
まつざき幸介
(CD購入者にサインと握手会。店頭キャンペーンのお約束)

本日一番目のキャンペーンは無事終了。サイン会の間にお店の方と色々とお話しをする。品ぞろえのこと、次世代の店舗経営のこと….以前にも何度か経験があるのだけど、CDショップの方と名刺交換をする際には「今はボーカルスクールの経営者ですが、元々は京都でCDショップの雇われ店長でした」とお伝えするようにしている。そうすると何か急に打ち解けた空気になるのが嬉しいのだ。前回の記事で書いたように自分という人間はCD小売業界に居れなくなって、そこを出てきてしまったわけだけど、今でもCDショップには限りない愛情を持っているし、その一方で「出てきてしまった者の負い目」も持っている。今でもこうやって業界で頑張ってらっしゃる方には大変な敬意を抱いているし、CDを売る側だったからこそ共有できる苦労話や工夫話は山ほどある。そういう中に一時的でも容れて頂けることが純粋に嬉しいのだ。

お店を後にして、車に乗り込む。
「えーと、次はどこでしたっけ?」とまつざきさん。
「えっ….お次は亀戸ですよ(苦笑)。その次はちょっと離れますが小岩です」
僕はついにマネージャーに昇格した。

【二軒目:亀戸 天盛堂
住所: 〒136-0071 江東区亀戸5丁目15?5(場所はコチラ
電話:03-3681-1611

亀戸駅から北へ伸びる「十三間通り商店街」に天盛堂さんはある。
昭和25年創業だというからセキネさんと変わらない。
天盛堂
いいなぁ、この雰囲気。
子供の頃、お小遣いを貰って駆け込んだレコード屋さんの空気がそのまま残っている。
こういうお店、横浜にはほとんど無くなってしまったけど、東京にはあったんだな。
SPEED POP
このPOPは僕が勤めていたお店にあった。SPEED解散前にリリースされたベストアルバム2タイトルのやつだ。
肉厚のあるプラ板で作られた重量感のあるもので、今のCD業界ではなかなかこんな立派なモノは作れないだろう。
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今では大変珍しい「平積み型カセットテープ用什器」。昭和50年代のものと思われる。
ホコリがたまりやすいのが欠点だけど、商品も什器もとてもきれいだ。
毎日ハンドモップで手入れをしているのだろう。
平積み型什器は、店舗の中心…最も購入しやすい場所に置かれるもの。シングルレコード用のものならば比較的最近まで現存していた(半分に仕切ると8cmのシングルCDとして使えたから)。だけどカセットテープ用がここまできれいに生き残っているのは珍しい。亀戸あたり。。。いや東京の下町では相変らず演歌が強くて、カセットの需要が高いのだろう。
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とか何とか思っているウチに、まつざきさんの出演の時間が近づいてくる。
いかんいかんPAの調整をしなければ。教室スタジオと同じBEHRINGERの卓なので、何となく使い勝手はわかる。
お客さんが集まる前に楽屋から出てきて頂き、ちょっと歌ってもらう。
「こんな感じでいいですよ、よろしくお願いします」とニコリとするまつざきさん。思わずホッとする。
限りなくPA初心者に近い僕は、薄氷を踏む思いで一人のメジャー歌手の音を調整しているわけだ。

やがてお客さんがお店へ入りだす。
ある方はNHKラジオ第一「きらめき歌謡ライブ」を聞いて東村山から駆けつけて下さった。ある方は30代の男性。若いのに演歌マニアで、やはりNHKラジオを聞いたのだそうだ。千葉県の松戸から来た方もいる。

いよいよ開演時間となった。司会の紹介とともに登場したまつざきさん、歌手のサインに埋められた「お立ち台」に立って「酒よおまえは」を歌いだした。
まつざき幸介 in 天盛堂
月並みな表現だけど圧倒的な歌唱力だ。2006年の「Sake」の頃に比べればずっと体全体から声が出ている。それを眼前に見ている。自分がかっては働いたこともある「CDショップ」という現場の片隅でだ。
得体の知れない感動が、サイダーの泡のように自分の中から沸き起こって来るのを感じていた。
まつざき幸介 in 天盛堂
まつざきさんのMCは毎回ちょっと違うけど、真面目な人柄が感じられる。一曲一曲を丁寧に歌い継いで行く。
彼の体内には「30分」という時間がインプットされているのだろう。最後に再び「酒よおまえは」の再生ボタンを押す時には必ず25分すぎを時計の針が示していた。
まつざき幸介 in 天盛堂
2時間刻みのライブスケジュールというのはなかなかハードなもので、いくら近場だとしても移動時間などを考えると結構あわただしいものだ。14時30分にライブが終わったとして、その後のサイン会、そして移動、先方でのセッティングや打ち合わせと考えると、次のライブ開始16時というのは、それほど余裕があるわけじゃない。
次の小岩というところは、川向うの高校(千葉県市川市)に通っていたこともあり、何となく土地勘がある。渋滞を避けるルートを選んで、一気に移動。

【三軒目:小岩 音曲堂
住所: 〒133-0056 江戸川区南小岩7丁目22?5(場所はコチラ
電話:03-3659-3131
小岩 音曲堂
昭和6年創業というから今年で83年目。今日のお店では老舗中の老舗だ。
1FがJ-Popと洋楽のフロア、2Fが演歌のフロア、3Fがライブ会場、4Fがヤマハの音楽教室となっている。そして楽屋として通されたのがヤマハの音楽教室だった。まさか仕事でここへ来るとは思わなかった。

普段は洋楽とか進化系ジャパニーズロックとか聞いている人間だけど、今日は完全に演歌モードだ。
だから迷わず2Fをのぞきに行ってみる。感心したのは、ただ流行りの演歌を並べているのじゃないということ。王道のものから歴史的に貴重な音源までツボをおさえた品ぞろえが素晴らしかった。また相撲部屋が多い下町という土地柄のせいか、相撲甚句や祭囃子のCDなども充実していた。横浜じゃ絶対にありえない品揃えだろう。

興味を持って見ていたら売場の隅っこに落語のCDが大量に並んでいるではないか。
しかも大好きな三代目三遊亭金馬師匠のCDが沢山ある。
これはヤバいと思ったけど、時間が迫ってきたので3Fへと上がる。

3Fのライブ会場はフロア全体が防音室になっている。70人近くは入れそうだ。嬉しいことにまつざきさんのCDがどっさりディスプレイされていた。今日はキャンペーンだからと、お店の方でもどっさり仕入れて下さったのだろう。
まつざき幸介「酒よおまえは」
以前のまつざきさんは、CD流通ルートの関係もあって、なかなかCDショップで歌う機会がなかった。ましてや単独店にこれだけのCDが並ぶこともなかった。インディーズからメジャーへと来て色々と環境が変わりつつあるまつざきさん。まだまだ道は長いけど、とにかくここまで来たんだということを改めて実感した。

またまたクラウン徳間のHさんの紹介からライブは始まる。
この人、なかなか司会も上手いので「元々そういう仕事していたの?」と尋ねると、「いえ普通のOLでした」とのこと。お客さんのノリもよくてなぜか「お姉ちゃんも歌え」コールが沸き起こる。そうすると俄然Hさんの司会もノリがよくなってくる。それを面白がって見ていた。

いよいよまつざきさん登場。僕は舞台袖のPA卓に座って特等席からステージを見る。
まつざき幸介 in 名曲堂
2軒回った勢いからだろうか、お客さんのノリの良さからだろうか、今日の3軒では一番いいステージだった。客層を見たまつざきさんは直前に選曲を変更、山川豊「アメリカ橋」を歌った。これは僕がCDショップに居た頃にスマッシュヒットした曲だ。山川さんの声質とは違うけれど、この曲はまつざきさんのマイルドな声によく似合っている。
まつざき幸介 in 名曲堂
ライブ後にお店の若奥さんから「いやぁ、良かったですよ。凄いお上手ですね~」とお褒め頂いた(頂いたのは僕じゃなくてまつざきさん)。CDショップの方は一番耳が肥えているからいい加減なお世辞は言わない。これは本当にお褒め頂いたんだということが、今やマネージャー状態となっている僕には嬉しくてならなかった。だからというわけではないけど、先ほどから気になっていた金馬師匠もの、ユニヴァーサルからリリースされたばかりの「東京の音」など色々と買ってしまいました。そうしたらとても喜んで下さって、落語のカタログや販促グッズなどあれこれ頂いてしまいました。

こうして14日の店頭キャンペーンは終わった。
これから新宿で打ち合わせというまつざきさんと別れ、僕は湾岸道を目指して南下した。後で調べたら、この3軒というのは演歌歌手の店頭キャンペーンでは王道コースになっているようだ。セットで廻るものらしい。なんだかまつざきさんのライブレポというよりは、CDショップガイドになってしまったけど、元々そういう立場の人間だったから、なんとなくそうなってしまうのだろう。

一日こういうキャンペーンに立ち会ったことで見えたのは、こと演歌の世界ではお店と表現者の共栄共存が成り立っている、ということだ。お店と表現者とは「CDを売る側、歌う場所を貸す側」、「歌わせて頂く側、売って頂く側」という単純に割り切れる関係ではない。というのもコンサートに来る方全員がその表現者のファンというわけでもないからだ。お店の普段の販売姿勢が観客の増員につながっている。それが新たにその表現者を知ってもらえるチャンスとなっているわけだ。

そして僕は、もっともっと大勢の方にまつざきさんという人の歌を聞いて欲しいと思っている。

ライブレポ

Posted by spiduction66