真夏の夜のジャズ-4K修復版とアニタ・オディ
まず、最初にお断りしておきますが、自分はジャズは門外漢。
ていうか神羅万象において『門外漢』だなぁと、凹むレベルで自覚しています。
ですから「何となく長年生きてきた知見の範囲」とやらで書かせていただきます。
さて、1999年にリリースされたDVDはやがて廃盤となってしまい、プレミアがつくほどの人気となりました。
辛うじて入手できたものも何年も前に借りパクされてしまった。
「誰かにモノを貸すときは還ってこないもんだと思え」改めてそれを実感し、後悔したものです。
そんな自分にとって曰くつきの映像作品が『真夏の夜のジャズ(Jazz On A Summer’s Day)』。
1958年7月3日から6日まで行われたニューポート・ジャズ・フェスティバルの模様を収録した音楽ドキュメンタリー映画です。
今回、4Kリマスターブルーレイの発売という事で、パワーアップした映像に再会することができました。

とりあえず高画質で見たかったのはこの人。女性ジャズ・シンガーのアニタ・オディです。
黒のロングドレス、白い鳥の羽をあしらったの黒のつば広帽子、そして白い手袋、そしてずいぶん踵の高いヒール。
このファッションと存在感だけでに「女性ジャズボーカル」というジャンルの、いやひとつの時代のイコンと化しています。
映画では彼女の登場シーン、ステージへの階段を上るアニタを俯瞰でとらえます。
ここでヒールの踵に泥でもついていたようで、それを白い手袋のままサッサッと振り落とします。
そうしたら今度は手袋に汚れが付いてしまったようです。一瞬手袋を見つめるアニタ。
どうするのかと思ったら、それを自分のドレスでパッパッと振り払う。
なんかこのシーンだけで『アニタ・オディとはこんな人です』と監督が伝えているような気がします。
なんともサバサバしている彼女のキャラクターが出ているシーンです。

曲はけだるい夏の日の午後を表現するかのようなアフリカンリズムの「Sweet Georgia Brown」から始まり、次いで超高速テンポの「Tea For Two」です。
子供の頃に手術のミスで口蓋垂(のどちんこ)を失ってしまった彼女、ボーカリストにお決まりのロングトーンがかけられないというハンデの中で、独自の発声を身に着けたわけですが、その本領発揮と言えるのがこの「Tea For Two(二人でお茶を)」です。
自由奔放にスキャットをかます中ではリスト『ハンガリー狂詩曲第2番』のお馴染みのメロディーも聞こえてきます。
アメリカ人って、このメロディがやたらと好きなようで、当時のワーナーやディズニーのアニメーションではしばしば使われていますね。
彼女はこのポータブル・クラシック感覚を織り交ぜながら縦横無尽に歌い上げます。
終盤ではバンドとの小刻みな掛け合いが遊び心があっていいですね。
「Tea For Two」の彼女らしい解釈が、手術のミスから生まれたという事を考えると、音楽の底知れぬ深さに感じ入ります。
アニタはこの「Tea For Two」を2度レコーディングしています。1945年10月23日にジーン・クルーパ楽団のボーカリストとしてレコーデイングしたものは、ガッチガチのビックバンド・ジャズですが、1958年頃には映像にあるような「疾走型Tea For Two」を確立していました。
ソフト化された音源としては、映画に収録される3か月前、1958年4月27日にシカゴの『Mister Kelly’s』で収録されたライブ『At Mister Kelly’s』がおすすめです。
1963年の来日時にもTBSのスタジオで日米ミュージシャンたちとこうして楽しんでいます。
さて『真夏の夜のジャズ』本編の話に戻しましょう。
この映画、タイトルには『ジャズ』とありますが、実際はジャズに留まらない当時のブラックミュージックの宝箱です。
ゴスペル・シンガーのマヘリア・ジャクソン(彼女の純白の衣装もチャーミングです!)、ブルースの女王と言われたダイナ・ワシントン、そしてチャック・ベリーはエレキ・ギターでロックンロールを奏でます。ジャズの創造者の一人で、その音楽を遥か高みまで持ち上げたルイ・アームストロングも出演しています。
この映画の特徴は単なる音楽ライブ映画ではない点でしょう。
監督はカメラマンのバート・スターン。赤色が鮮やかに映えるフィルムを使って観衆のファッション、若者が音楽に興じるニューポートの街の風景、同時期に開催されたヨット・レース(アメリカズ・カップ)の風景を美しく記録しています。

とりわけ4K版になって鮮やかになったのが水面のさざ波でした。
演奏に合わせて水面のさざ波だけをアップで延々と撮影する。音と映像がマッチしていて美しい。
1940年にディズニーが映画『ファンタジア』の「トッカータとフーガ」で音を幾何学模様化したアニメーションを生み出しましたが、彼は水面の波をアップで撮影するという実に簡単な手法で、それを実現したのです。
この映画が記録された1958年頃は、音楽の大きなターニングポイントとなった時期でした。
ビル・ヘイリーと彼のコメッツが『Rock Around the Clock』をヒットさせたのが1955年の事です。1956年にはエルヴィス・プレスリーがセンセーションを巻き起こし、時代は大きくジャズからロックへとシフトしつつある時期だったのです。
紆余曲折はありますが、この11年後の夏、伝説の「ウッドストック・ロック・フェスティバル」があると考えると、わずか10年の間に音楽もファッションも激変を遂げてしまった事がわかります。そのギャップを実感する意味でも、お勧めの映画作品です。
最後に、こんな若くてチャーミングなアニタもお楽しみ下さい。
ジーン・クルーパ楽団時代のアニタが『Let Me Off Uptown』を歌います。1941年、21歳のアニタです。
この映像、元々は『サウンディーズ』というレーザーディスクで持っていたんですよね。
「ちゃきちゃきの姉御」がロイ・エルドリッジとのからみをみせてくれます。
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