全身麻酔

手術室に運ばれると、
「それでは麻酔します」と言って、麻酔が出るマスクを被せられます。
このとき「麻酔なんか絶対効くもんか!」と、あえて意地になってみます。絶対に意識を失うまいと、強く念じながらマスクを被るのです。シューとマスクに流れてくるガスと、それを平気な顔してやり過ごしている自分がそこにいます。

「よっしゃぁ!効かないぞ!ざまあみろ!」と得意になります。

ふと気づくと病室のベッドでした。
「お疲れ様でした。無事に手術は終わりましたよ」と看護婦に言われます。
「はて、いつ俺は気を失ったんだろう?」と自分に問いかけますが、もう後の祭です。

こんな風に全身麻酔というヤツは、キツネに騙されるのに似ています。
たとえ「騙されるものか」と意地になっていても、一瞬でアチラの世界に連れて行かれてしまうのです。気づいたら1時間でも2時間でも意識は飛んじゃっています。

翌日、麻酔科の医師が僕を訪ねてきました。
「麻酔は効きましたか?痛み等はありませんでしたか?」と尋ねられました。
「いやぁ、見事に効きました。降参です。」
そう返事するしかありませんでした。

その医師の表情が、いささか得意気に見えました。