それでもUFOは....

エクソシスト甲府事件未知との遭遇スプーン曲げ少年犬神家の一族、怪奇ミステリー、世界のなぞとふしぎ、あの事件をおえ、ネッシーユリ・ゲラーオリバー君、木曜スペシャル(矢追純一).....

70年代のオカルティズム全盛の時代にさまざまなメディアから啓蒙されまくっていたせいか、いまだにUFOも幽霊もいると信じている。

それは自分の実体験にも関係あるのだから仕方ない。

小学校5~6年生の時のコトだから、1975~6年ぐらいの話だと思う。
友人と一緒に磯子図書館(今とは別の場所)まで自転車で行った帰り、汐見台(磯子プリンス)の山の上をオカシナ物体が飛行しているのを発見した。白く光った3つの物体が飛行機雲のような白い航跡を描きながら空中を根岸方向から新杉田方向へと飛んでいたのだ。

僕と友人は「あれは絶対UFOだよ!」と言うと、その物体を目で追いながら、全速力で自転車を走らせた。こういう時のガキのパワーは無尽蔵で、フツーなら自転車で25分はかかる場所まで15分ぐらいで走っていったのではないだろうか。

小高い山の上にある神社、そこからは自分たちの住む街も見下ろせる。遠くには富士山も見える。その場所で飛行物体を観察した。ほぼ富士山の方向。

その飛行物体は実におかしな飛び方をしていた。普通の飛行機ならば一直線に飛ぶはずだし、飛行機雲もほぼ一直線の航跡を描くと思う。
ところが、その3つの飛行物体はある一定の地点を中心にいびつな円を描きながら上昇下降を繰り返していた。しかも各辺はグニャグニャした曲線を描いている。しかも飛行機雲らしからぬ光り輝く航跡を描きながら.....

20分も見ていたと思うが、突然その飛行物体は富士山の方角へと飛行し、やがて視界から小さくなって消えてしまった。

「ぜったい新聞記事になるよ、これは」なんて言いながら、友人と別れた僕は、翌日、胸をときめかせながら新聞をのぞいてみた。ところがUFOの「ゆ」の字もなかった。

あれから32年間、僕はあれはUFOだと信じて生きてきた。あれ以前にもあれ以降にも、あんなヘンな飛び方をする飛行物体を見たことがないからだ。

先日、同窓会でその友人と27年ぶりに再会した時、僕がまず切り出したのはその話だった。
「あの時のは間違いなくUFOだったよな~」
そうしたらその友人は、
「あれは.....あれはね.....やっぱやめとこう」

おいおい....でもこの友人の態度は正しくて素敵だと思った。

超常現象に対する正しい態度とは、33%の信仰心と33%の懐疑心と33%の探究心だと思っている。そして残りの1%はロマンだ。僕の体験を科学的に検証することは可能だろう。たとえば1975年当時のブルーインパルスもしくは米空軍などの飛行練習場所がどこだったのか?、ジェット機であのような複雑な飛行ができるのか?飛行機雲とは思えない光の航跡は何だったのか?なんてことをひとつずつ調べてゆけば、「科学的」な答が出てくるかもしれない。あるいは逆にUFOの存在を確信させる結果になるかもしれない。

でも残り1%のロマンが大切な時もある。
子供に「UFOはいるの?」と尋ねられたときに、
「お父さんはいると思うよ。だって見たことがあるからね」と答えられることは、とても素敵だ。
(ちなみに真面目&科学的思考の持ち主である僕の親父は、真夜中に葉巻型の円盤を見たことがあると真面目な顔をして僕に語ったことがある)

だから僕のマイミクには相変わらずPaul Wellerがいるし、政府が閣議決定で否定してもUFOは存在するというわけだ。

追記:町村官房長官が「UFOは絶対いると思う」と個人的な見解を示したそうだ。それはそれでいいのだけど、その位の確信をもって年金の件も言明して欲しかったな。