百年前の音を探し、甦らせ、聴く(その2)
さて、昼過ぎになってようやく清水教授にご挨拶ができた。ブログやメールで何度かコメントのやりとりをさせて頂いたが、実際にお会いするのはこれが始めて。ヒゲと蝶ネクタイがお似合いの気さくな方だった。
本来国語学の専門で近代日本語の研究をされているのだが、生きた日本語を追求される過程で「録音史料」の魔力に魅せられてしまったお一人だ。現在はロウ管などの録音物史料の収集と保存を目的としたアーカイヴを日本国内に作られることを熱心に推進されていらっしゃる(ちなみに日本はこの点においてドイツやフランスに100年以上遅れているだけではなく、現在も統一的な機関が存在しない)。
この「アーカイヴ」の必要性に関しては僕も全く同意見で、日本には映像史料を保存する統一的な機関があるにもかかわらず、なぜ音声史料に関わる機関がないのだろうと常々思っていた。清水教授の専門分野である国語学はもちろんのこと、古典芸能の研究をする上でも、あるいは日本人の民俗学を語る上でも貴重な資料の数々が、現時点では誰かさんちの蔵や押入れの中で日本特有の湿気や寒暖差にさらされながら朽ち果てつつあるのが現状なのだ(「なんじゃこれ?」と言って捨てられているかもしれない。ゾーッ)。皆さんも家にロウでできた変てこりんな筒があったら、たとえ破損していても捨てずに大切に保管するなり、僕に相談するなりして下さい。
さて、もうひとつ嬉しかったのは東京大学先端科学技術研究センターの伊福部達教授にお会いできたことだった。
この方に関しても説明が必要だ。今から20年前の1985年、NHKで「ユーカラ 沈黙の80年 ~樺太アイヌ蝋管秘話~」という番組が放映された。20世紀の初頭、樺太に流刑にあったブロニスワフ・ピウツスキという人物が、樺太に住んでいたアイヌ人の歌や語りを大量に録音した。このロウ管が1980年代の初頭にポーランドで発見されたのだが、この再現に取り組んだのが、当時北海道大学に勤務されていた伊福部教授だった。発見されたロウ管の多くは破損していたり、変形していたりしたが、教授はこれを当時の最善の技術によって、見事に甦らせたのだった。
こうして甦った音を持ってNHKのスタッフがかつて樺太から移住してきたアイヌの老人たちを訪れ、その音を聞かせるというシーンがあった。このとき、あるアイヌ人の老婆が80年前のある歌声を聞いて突然泣き出したのだ。そう、その歌声の主は彼女の懐かしい肉親だったのである。当時、僕はこのシーンに大変な衝撃を受けた。それまでは「録音物」を音楽の再生手段程度にしか認識していなかった僕が、その記録性や史料性に気付いた瞬間だった。それまでは流行の音楽や、60年代~70年代のロックしか聞かなかった僕が、もっとルーツ的な音楽を辿り始めたきっかけとなった番組だった。
今回のシンポジウムで清水教授から伊福部教授を紹介頂き、僕が挨拶いちばんに申し上げたのはこの点だった。教授もその点について、今なお鮮烈に覚えている人間がいることに、喜んでらっしゃった(ちなみに余談になるが、「ゴジラのテーマ」などを手がけた僕の好きな作曲家の伊福部昭氏は教授の叔父上にあたるとのこと。私は教授と会話しながらなぜか舞い上がってしまい、頭の中で「怪獣大戦争マーチ」が鳴り響いていた)。
なお、伊福部教授は30年以上を「福祉工学」という分野で活躍されており、言葉を発することが困難な人でも歌うことのできる装置などの開発に成功されているそうだ。
その伊福部教授を中心とするプロジェクトがあの番組から20年たって生み出したマシンがこれ。21世紀のロウ管レコード再生機である。重量は5kgのため持ち運びが可能なうえ、電源がユニバーサル仕様のため、世界中どこへでも持参して再生することが可能だ。そのうえ、非接触型のレーザー光線と接触型の針によるロウ管の読み取り両方に対応しているというスグレモノだ。もちろんこうした要望は清水教授から出たものだ。ちなみに実際に製作を担当した有限会社トライテックの社員さんに値段を尋ねたら「レクサスが一台買えますよ」とのこと。
ただ破損状態の酷いロウ管に関してはレーザー光線の読み取りの追随性が弱いため、今後も改良が必要なのだそうだ。「それには文部省からもっと予算がおりなきゃいけないんです」というのが清水教授の弁。やはり先立つものは金のようだ。
テクニカル的なことはよくはわからない。よくわからないから好き勝手なことを言う。たとえばロウ管に刻まれた溝の両山をあらかじめ検知しておいて、常に溝の中心にレーザーが当たるようにできないものだろうか?あるいはロウ管の溝の幅と深さをミクロン単位でデータ化しておいて、3Dのグラフィックにおこしておく。ここまでやっておいて、あとは技術の進歩を待つ。将来的には正常なロウ管からサンプリングした音をデータ数値にあわせて自動的に再生することがたやすくなると思う。てなことを考えた次第。(つづく)
ディスカッション
コメント一覧
これも実名ばればれより。
@先立つものは金:
今般の清水らの研究調査は、文部科学省科学研究費補助金・特定領域研究「江戸のモノづくり」という大きな研究プロジェクトの一部を主な活動資金として展開されました。
http://www.edomono.com/
科学研究費補助金は、当然、税金によってまかなわれていますから、その成果を納税者の皆様に還元するのは、研究者の義務です。こういう優れたブログで取り上げていただくのも、その「還元」の一つのあり方とも申せましょう。
で、この「江戸モノ」プロジェクトが今年度で終わるため、この研究を先に進めるには、文科省なり何なりから更なる資金を得ることが必要となります。何しろ、ロウ管再生機一つ作るのにも「レクサスが1台買える」くらい、お金がかかるものでして(ちなみに、同機、量産できれば、安く売れるでしょうが、どなたか、何台かまとめて売ってくれ、という方、いらっしゃいますか?)。皆様の御理解、御支援を願うものであります。
@3Dのグラフィック:
これは、大いに考えられるアイデアです。
実際、アメリカでは、そうした方向での研究が動き出しています。
http://www.aes.org/journal/toc/AES-June2005TOC.cfm
我々のグループも、研究が続行できれば、そうした画像処理的方法も試みることとなるでしょう。
>@先立つものは金
僕なりにセコいアイデアは出てくると思いますが、現実とのギャップだらけで教授に笑われてしまうかもしれません。一番良いのは海外のアーカイヴに売りまくるということだと思います。それこそウィーンさんとか、パリさんとかはどうなんでしょう?(僕の力であれば、国内むけの商用サイト程度ならば作れるかもしれません)。
>@3Dのグラフィック:
「3Dの非接触光学表面測定法を使用するエディソンCylinderから録音された音の再構成」という訳でよろしいですか?これって僕が書いたのに近いかもしれません。さらに僕の考えを加えれば、ある一定の幅とある一定の深さの溝で発信される音は均一ではないかと思うのです。その規則性みたいなものをデータベース化して、この3Dデータにあてはめてゆくことで、再現できないかと考えます。もちろん人工的に作られた音になってしまいますが...素人考えですみません。
どのような音が出るかをデータベース化して、