3/6 ささきいさお「デビュー55周年記念スペシャルライブ・アンコール」に行ってきた

ライブレポ

信じられないかもしれないけど、僕はささきいさおさんの実家のお隣に住んでいたことがある。場所は市川市の行徳、1980年から10年ほど住んでいたマンションのお隣がこの方の実家だった。

ご実家は鉄工場...いやあれは塗装工場だったのかな。錆止めの赤色に塗られた鉄骨...ベランダの手すりとかアパートの階段のようなものが工場内に並んでいた。工場前の道路は塗料が飛散してかなり赤色に変色していた。

当のささきいさおさんもご近所に住んでいたようだ。たまにすれ違うこともあったし、コンビニでご夫婦で買い物をしているところに出くわしたこともある。いさおさんがあの低音の響くいい声で「うーん、このポテトチップス美味しそうだなぁ~」と奥さんに言っているのを耳にして、「うぉ~斎藤中隊長(宇宙戦艦ヤマトで声優を担当した)の声だよ」と感激したものだ。

それだけではない。1987年頃、マンションと工場に隣接した場所にワンルームマンションの建設計画が起こったことがあった。日照権が確保できないという理由から、ご近所を巻き込んでのワンルームマンション建設反対運動となった。この運動を通じて知り合ったのがいさおさんのお父さんだった。僕は「お隣の工場の経営者」という認識でいたけど山羊髭をたくわえたどことなくアーチスト然とした方で「さすがは天下のささきいさおのお父さんだけあるな」と思ったものだ。

反対運動に際してはマンションの集会所で会議が開かれた。僕は末席ながら一番若いメンバーで法学部の学生ということもあって、丸の内時代の都庁へ建設反対運動に関する条例や判例を調べに行ったことがある。この時の「たらい回し事件」に関してはまた別の機会に書くけど、とにかく資料をまとめて会議の参考資料として提出した。この時、お父様に「よくやってくれたね」と褒められたのが(たとえ社交辞令だとしても)嬉しかった。
 ささきいさお「デビュー55周年記念スペシャルライブ・アンコール」
それから30年近くの歳月が流れたところで、生徒のケンモッツーに誘われて行ったのが「ささきいさお デビュー55周年記念スペシャルライブ・アンコール」だった。会場はZepp DiverCity Tokyo。現場でちっちきさんとジョー君と合流した。僕はアニメは門外漢なので、あまりそっち方面で詳しいことは書けないのだけど、聞いたまま見たままで書いてみよう。

鉄郎(野沢雅子)とメーテル(池田昌子)のナレーションからステージは始まった。
「999」のイントロと共に颯爽とステージに登場したいさおさん、うひゃー見た目が30年前と全然変わっていない。そして歌声は72歳とは思えない。これは全く現役歌手の歌声だ(だからコンサートやっているわけだけど)。

これだけの声量と音程をキープできるのは、今でもボイトレを欠かしていないんじゃないだろうか。同世代といえばポール・マッカートニーの東京ドームコンサートが印象に残っているけど、現在進行形の歌い手さんは、どんなに年齢を重ねても芯は決して衰えないもののようだ。
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普通だと年齢を重ねるにつれて歌唱に「もたれ」が生じるもの。つまり正確な譜割りに対してやや遅めに歌うものなのだけど、ささきんの場合は逆、むしろ早めに歌ってゆく。食い気味に歌ってゆく。とりわけプレスリーの曲がそうだった。これってオンタイムで歌うことを求められるアニソン歌手であることからくるクセなのか、あるいはご本人がせっかちなのかのどちらかなんだろう。
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バック・ミュージシャンも豪華なもの。
ギター、ドラム、キーボード、ベース、ブラスセクション(トランペット2、トロンボーン1、サックス1)
さらにコーラスとして女性2人(アップルパイ)と男性4人(ザ・カインズ)という構成。私は門外漢だけど、各々のミュージシャンがこの世界では知られている人ばかりなんだろう。

さらにゲストがシャレにならないほど豪華だった。
堀江美都子(アニソン歌手)
松本零士(漫画家)
宮川彬良(作曲家)
野島昭生(声優)
畑亜貴(作詞家)

観客席には、
水木一郎
串田アキラ
中川翔子
徳光和夫
池田昌子
などなど。

ケンモッツーがこぼしていた。
「もし、今この会場が爆破されたら、日本のアニソン界が滅びる」と。

ご年齢のせいか一曲一曲の間に細かくMCを入れてゆく。デビューしたきっかけから、アニソン歌手になった経緯、そして行徳の料理屋やジムの話まで、ざっくばらんに話するいさおさん。一方で「体力がない」とひいひい言いながらも4時間近いステージをこなした。トリの「君の青春は輝いているか」という曲では途中で入りを間違えてわけがわからなくなってしまい、結局最初からの歌い直しに観客は大うけだった。

印象に残ったのは松本零士さんと宮川彬良との会話に出てきた作曲家宮川泰さんの話。
「ヤマト」のサウンドトラックを書くに当たって松本零士さんが宮川泰さんに「ベートーヴェンの交響曲第三番第二楽章」のイメージで書いて欲しい」と頼んだという話。泰さんは「はい、わかりました」と言っていたそうだけど、息子の宮川彬良さん曰く「果たしてどういうレベルでわかっていたんだか...」という笑い話にしていた。この時期、宮川泰さんは同時進行で「カリキュラマシーン」と「ヤマト」のサウンドトラックを書いていたはず、真逆の音楽を仕上げながら「あいつの頭はあいうえお~」とか歌ってたわけだから、本当に頭の中が「あいうえお」な方だったのだろう。

考えてみれば、アニソン歌手としてのいさおさんのピークは、僕の小学校中学年から中学生ぐらいだ。
だいたい小学生でも高学年になると、アニメを見なくなるものだから、いさおさんの歌を知っているようで知らない。
「ヤマト」「ゴレンジャー」「ガッチャマン」あたりだとリアルタイム感があるのだけど「キャシャーン」になるとちょっと苦しくて「グレンダイザー」「ゲッターロボ」あたりになると、僕の同世代より弟や妹世代が見ていた番組となる。「999」に至っては「妹が見ていたので一緒に見ていた」番組だ。別にセトリを控えていたわけではないし、それほど詳しくはないので、覚えている限りでリストアップしてみた。
銀河鉄道999
青い地球
とべ! グレンダイザー
ゲッターロボ!
It’s Now Or Never [プレスリーのカバー]
Can’t Help Falling In Love (好きにならずにいられない) [プレスリーのカバー]
I need you love tonight [プレスリーのカバー]
レクィエム
宇宙戦艦ヤマト
真っ赤なスカーフ
たたかえ!キャシャーン
行け行け飛雄馬
秘密戦隊ゴレンジャー
進め! ゴレンジャー
君の青春は輝いているか
宇宙戦艦ヤマト [アンンコール]
マイウェイ [アンコール]

それでも長年耳に入ってきていた音楽の数々が生で聞けるというのは幸せな体験だった。ステージで歌ういさおさんを見ながら「Bob Dylanに一回行く位ならば、ささきいさおを二回行った方が楽しいだろうな」と、本気でそう思った。
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「品」とか「格」という言葉がある。
これが生まれ持ったものなのか、育つにつれて身につくものなのかは、長年の辛酸が持たせるものなのか、そのどれもが真実なんだと思う。
ささきいさおさんのステージにはそれを感じることができた。