ユキスズキとスズキユキと陽炎と

管理人のたわごと

いま僕はこの記事を書きながら、ユキスズキのミニアルバム「Simple is…」を聞いている。昨日、伊勢佐木町の「Silver Back」で行われたレコ発ワンマンで購入したばかりのアルバムだ。

しかしながら、奇妙な事に「ユキスズキ」というアーチストは多分「ここ」にはいない。昨日のライブで活動休止宣言を出したからだ。

彼女の物憂げながら力強いボーカルが好きだった。
サウンドが持つブルージーなテイストが好きだった。
彼女の選ぶピアノの音のひとつひとつが好きだった。
でも「ユキスズキ」は「ここ」にはいない。
その喪失感の中で、僕はこの記事を書き、彼女の音楽を聴いている。

そうだ、この喪失感って、倉橋ヨエコが「廃業」した時に似ているんだ。
彼女は今から11年前、スターダムの絶頂であっけなく音楽界から消え去ってしまった。それでも彼女の音楽は厳然として残り続けているし、令和の時代になっても彼女のフォロワーは中高生の間で増えているというのだから驚きだ。

倉橋ヨエコが一市民として日本のどこかで生きているように、ユキスズキも「スズキユキ」として当分の間は生きてゆくのだろう。

一部はユキスズキとドラムスの松井昌彦さん

そんな「スズキユキ」と出会ったのは今から12年ぐらい前だったろうか。彼女はまだ高校生の女の子だった。僕の教室に歌を習いに来たのだった。

当時から彼女の中で「才能」という何かが爆発しそうな勢いがあった。とてもシャイではあるし、何か「厳」としたものがあるんだけど意外と人懐っこくて….
ああ、今と変わらないな。でも歌は当時も格段に魅力的だった。

彼女のどうでもいい記憶というか特徴といえば「車でよく寝る」という事だ。
遠方でのライブイベントなどの後、他の出演者さんと一緒に車で家まで送ってあげた事が何度かあった。そういう時、彼女は一瞬で助手席か後部座席でスースー寝息を立てていた。

一度、大宮でのイベントの後だかに、車で送ってあげた時もそうだった。
私「何か聞きたいBGMはある」
ス「そうですね、ケルト音楽なんて聞いてみたいです」
私「おお、あるよ」

と言ってケルティック・ミュージックを車中に流す。
実はこのジャンルは運転手にとっては鬼門。運転手本人が居眠りしかねないサウンドだからだ。ところが、ものの5分も走るか走らないかのウチに彼女はスースー寝息を立てて寝ていやがる。

「おーい着きそうだよ、家どこだっけ?」と起こすと、「バウっ!」と叫び声を出して起きあがり「ほぇ~、ここはろこれしょうれ~(ここは何処でしょうね)」と言うのが可愛かった。

あれは19歳~21歳ぐらいの時だったかな。
「ユキスズキ」としての音楽活動を1~2年ほど休止したことがあった。そして舞い戻ってきた時、彼女は驚くほどパワーアップして戻ってきた。そこから怒涛の7年間の音楽活動だった。

そして「あと2か月で30なんすよ(MCより)」を前にして、再び活動休止すると宣言した。

「今度はちょっと長いかもしれないな」というのが僕の印象だ。

さて、僕の知り合いのミュージシャンに「Mack」さんというのがいる。
ずっと昔、ある企画イベントで彼女を紹介して以来、大変彼女の事を可愛がってくれている人だ。

その彼がユキスズキのレコ発ライブの一週間ほど前に、僕にメッセをくれた。
「(ライブ当日に)歌ってくれるかどうかはわかりませんが、彼女にボサノバの曲をプレゼントしました」。

その曲は「陽炎」と言った。
僕はまずMackさんがボサノヴァの曲を書けるというのが驚きだった。
普段はThe Rolling StonesとかMuddy Watersとかの渋いR&Bテイストの曲をプレイしている人だからだ。

その楽曲はとても素敵な曲だった。でも「諸刃の剣」だなとも思った。
歌い手を選ぶ曲というやつだ。とてもシンプルな美しい曲なんだけど、歌い方によって全くテイストが変わってしまう。たとえば松田聖子が歌えば1980年代のアイドルポップとなるし、ヒデとロザンナが歌えば甘く危険な香りの昭和歌謡となるだろう。

おそらくユキちゃんはそのどちらにも行かない。いや時代を感じさせない音に料理してくれるのだろう。それはシンプルであるがゆえに難しい。「はてさて、ユキちゃんは果たして歌ってくれるのかな。だとすればどんな感じでこれ歌うのかな?」というのが???だった。

そしてライブ当日。
「ボサノヴァなんですが私の第二のパパと言っていい人にプレゼントされた曲です」とMCが入った瞬間、それだけで感動がじわじわこみ上げてきた。

そのアレンジとボーカルは「陽炎」に全く違う命を吹き込んでいた。それは時代と関係のない普遍の美しさと力強さのようなものだったと思う。ユキスズキそのものだ。そして、僕の背後でMackさんがボロボロ泣いていた事はナイショだ。

アンコール「タダ、アイ」を歌い終えた瞬間。

まだまだ書きたい事はあるのだけど、このあたりで終わりにしようっと。

ありがとう、ユキちゃん。
そしてお疲れ様でした。ゆっくり休んでね。
あなたは数少ない「真実」だと、僕は思っています。
オッサンたちはじっくり待つのには慣れていますから。