ペットクリニック

管理人のたわごと

裏の物置小屋の床下で、野良猫が3匹の子猫を産んだのは5年前のことだった。このうち2匹は行方不明となり、1匹はお隣の家の居候となり、残り1匹が僕の家の居候となった。

名前は「クー」。
僕は断固として命名しなかった。命名すれば飼うことになるからだ。
だけど、いつの間にか「黒→クー」と命名されてしまった。名のとおりやや黒っぽいシマ柄の猫で、雑種の猫としては美人の部類だと思う。

彼女は成長とともに次第に図々しくなり、家の中に出入りするようになり、やがて家の中で眠るようになり、今では娘の布団の中で寝ている。完全に家族の一員として暮らしている。トイレに行きたい場合は「外に出せニャー」となく。深夜であろうと起こされる。賢いといえば賢いが、うっとおしいといえばうっとおしい。子供たちは猫が大好きで、いつも会話している。それにいちいち「ニャー」と応える彼女も人間臭くなってきている。

彼女が先週から右足をかばうように歩いていると騒ぎ出したのは子供たちだ。医者に連れていってほしいという。見た限りでは骨折しているようではないし、別に外傷もない。
「猫は治癒能力が凄いから、ほおっておいても大丈夫だよ」と言っても、娘は納得しない。しまいには涙を浮かべて親父に抗議しだした。「自分のお金で連れてゆく」と言い出した。

こうなれば観念するしかない。近所のペットクリニックに連れてゆくことにした。あらかじめ格安のケージをスーパーで買ってきて、その中に入れて連れてゆく。待合室に入ると、まわりは飼い主の膝に抱かれた犬だらけ。どう見ても血統書つきのお犬様ばかりで、彼女のような雑種の野良猫などいない。

診察の結果は「外傷もなく、ちょっと赤みを帯びているのが気になる」程度だという。炎症をおさえる薬を渡された。
それから2日、今では猫はケロリとしている。

実は、このペットクリニックは先代の院長さんの時から知っている。

今から32年も前のことだ。今の長女と同い年だった僕は、拾ってきた野良猫を2匹飼っていた。

そんなある日、道端に捨てられていた子猫を拾った。生後1ヶ月位の猫だった。ところがこの猫は体の具合が悪いようで、今にも死にそうだった。僕は貯金箱を持って、先代の院長さんの元へ猫を抱きかかえて行った。

当時、そのクリニックは雑居ビルの4階で開業していた。
その受付で、院長さんの目の前で貯金箱のお金を全額(といっても300円ぐらいだったろう)広げた僕は、治して欲しいと言った。
院長はきっと「ああ、また来たよ」と思ったことだろう。こういう子供が当時は多かったはずだ。

院長さんは言った。
「この猫は頭蓋骨が折れている。おそらく君が拾う前にどこからか落下したのだろう。可哀想だからこのまま安楽死させてあげよう」。

そして、そのお金で注射を打ってくれた。それから1時間もして、猫は息を引き取った。
その猫を、僕は庭先の百日紅の木の下に埋めた。

それから32年、庭の百日紅の木は切り倒されて車のガレージとなった。院長さんは息子さんに代をゆずり、ペットクリニックは移転して大きくなった。僕の家では相変わらず猫を可愛がる血筋が続いており、当時飼っていた猫とウリふたつの「クー」が居候している。

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