敵性音楽の追放
ちょうど戦後60年ということもあり、教室のロビーでも戦争にまつわる話が出てくる。
9月の衆院選の結果いかんによって日本はどうなってゆくか?という話もそうだったし、沖縄県に詳しい生徒さんからは、沖縄県人が戦後持ちつづけた意外な「ヤマトンチュ観」を聞いたりもした。
こうした話は決してご年配の生徒さんから出てくるのではなく、20代の生徒さんから出てきたということを、申し添えておく。
そこで僕も、こんな話をしてみよう。
これは戦前に情報局(政府の一機関で情報の収集や宣伝、出版物の指導などを行っていた)から定期的に発行されていた「週報」というものだ。国が出していた広報誌と思っていい。大規模に販売されたものなので、今でも古本屋へ行けば簡単に入手できる。
僕が平塚の古本屋で入手したのは、昭和18年1月27日発行の328号なのだが、実はこの号数に意味がある。
この号には「米英音楽の追放」という一文がある。これが今回のテーマだ。ちょっと長いが冒頭の文章を紹介しよう。
大東亜戦争(太平洋戦争のこと)もいよいよ第二年を迎え、今や国を挙げてその総力を米英撃滅の一点に集中し、是が非でもこの一戦を勝ち抜かねばならぬ決戦の年となりました。
大東亜戦争は、単に武力戦であるばかりでなく、文化、思想その他の前面に至るものであって、特に米英思想の撃滅が一切の根本であることを思いますと、文化の主要な一部門である音楽部門での米英色を断固として一掃する必要のあることは申すまでもありません。
つまり、太平洋戦争は単なる武器による戦争ではないよ、文化や思想の戦争でもあるんだよ、ということをいっている。
実際のところ、戦争が始まった段階で、情報局さんは日本人演奏家にアメリカやイギリスの音楽の演奏をしないようにしましょうと指導したのだが、いっこうにききめはなかったようだ。
「いまだに軽佻浮薄、物質至上、抹消感覚万能の国民性を露出した米英音楽レコードを演奏するものがあとをたたないありさまです」
と情報局さんは嘆いている。
つまり「リズミカルでグルーヴィでテクノでダイナミックでフィーリング溢れるソウルフルな」音楽は、情報局さんのお気には召さなかったようだ。
その上でこのように「週報」は述べる。
演奏を不適当と認める米英音楽作品蓄音機レコード一覧表を作って、全国の関係者に配布し、米英音楽を国内から一掃し、国民の士気の昂揚と、健全娯楽の発展を促進することになりました。
これにともなって、全国のレコード販売店から英米音楽の在庫をすべて回収すると週報には書かれている。
あれあれ、どうやらレコードを買うこともできなくなり、聴くこともダメになったようだ。
そしてこのあとがスゴい。
週報によれば、いわゆるクラシックの音楽家で有名なものは「同盟国であるドイツやイタリアの作曲家がほとんど」なので、米英音楽を追放してもさして問題はないんだそうだ。
たしかにベートーベンもワグナーもモーツァルトも「同盟国人」だよなぁ。
では問題があるのは何かといえば、それはジャズ音楽らしい。
米英系音楽としてわが国に輸入され、また最も多く一般になじまれたものは、なんと言ってもいわゆるジャズ音楽と民謡調の歌曲とであります。
しかし米国系音楽の代表とみられるジャズや、これに類する軽音楽の大部分は、卑俗低調で、退廃的、煽情的、喧騒的なものであって、文化的にも少しの価値もないものでありますから、この機会にこれを一掃することは極めて適切であり、また絶対に必要なことであります。
うわー。「クオリティが低く、デカタンで、エロティックで、ノイジーなため価値がない」とまで言われている....。
この後には「価値がない」と国家によって決め付けられてしまった、
さまざまな音楽のリストが延々と続いている。
「ダイナ」「私の青空」「アラビヤの唄」に代表されるジャズ音楽、「ロンドン・デリー」「麦畑」「ヤンキー・ドゥードル」「アニー・ローリー」「アメリカン・パトロール」「懐かしのケンタッキー」「オールド・ブラック・ジョー」「スワニー河」「ラプソディ・イン・ブルー」「峠の我が家」「アレキサンダー・ラグタイム・バンド」「月光価千金」「セントルイス・ブルース」「南京豆売」「アロハ・オエ」....おいおい....
ただし「庭の千草」と「埴生の宿」に関しては昔から学校でも歌われ、日本的に消化されている音楽だから、日本語で歌うのであれば問題なしともしている。
こんな風にして、「敵性音楽」は日本人のレコードプレイヤーから一掃されてしまったというわけだ。
以降、終戦までの2年半、日本人は米英のポピュラーミュージックから耳を閉ざされ、国家が推奨する「価値のある音楽」を聞かされ続けることになる。
自由に聞きたい音楽が選べない、ヘタをすると嫌悪の感情を抱くような音楽を無理やり聞かされ続けるような状況とは、まさにこうゆう状況のことを言うのだろう。
まあ、なんといったって、
とまで言い切っちゃう国家ですからね。「何でもない!」ことなんです。
ミュージシャンやその音楽に好悪の感情を自由に持つことのできる現代の我々...たまに感情に反する事態があっても、ホント「何でもない!」と思いませんか?
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