The Water of Life ”風のすみか”のこと

上大岡的音楽生活

「膨大な新曲を聞く」
これがCDショップの店長時代の仕事だった。
でも、ただボケーっと聞いていたらバカだ。
店内で様々な仕事をしながら新しい音をどんどん耳に入れてゆく。

いったい何曲聞いたかわからないけど、自分にとっては「耳こそはすべて」だった。
これは今でもかわらないけど、ひとつ違うのは当時はもっと俗っぽかった、ということだ。

まず「売れる、売れない」という判断基準で、そのアーチストの扱いを判断してゆく。
クオリティは大したことはないけど瞬発的に売れてゆくだろう、という判断。
クオロティは高いけど瞬発性には欠けるから長期的に育ててゆこう、という判断。
そういうセグメントを沢山もっていて、それぞれの曲(アーチスト)を当てはめてゆく。
そんな判断を瞬時にしてゆくことには、相当鍛えられたと思っている。

だけど、クオリティは高いけど「結局売れなかったな」という曲の方が今でも忘れられないものが多い。
130531_041505
(「GORGEOUS -Domestic- 1998/8」)

当時、ソニーミュージックエンタテイメントから毎月のようリリースされたばかりの「おすすめシングル」のコンピレーションCDが毎月送られてきていた。1998年8月号にThe Water of Lifeの「風のすみか」という曲が収録されていた。

(The Water of Life「風のすみか」1998年 from ニコ動)

不思議な透明感。美しい情景が音楽から見えてくる。
立っている場所が何か他の人たちと違うような気がするアーチストだな、と思った。

店内で気になった曲が流れた時に、僕が行う動作はいつも一緒だった。
きっと僕は作業する手を止め、レジ裏にあるCDプレイヤーの所へ戻ったに違いない。
CDケースからライナーを取り出して、この不思議な透明感のある楽曲を作ったアーチストのことをチェックしたに違いない。
ライナーにはこうあった。
The Water of Life「風のすみか」」
「The Water of Lifeのニューシングルはこの夏話題の昼ドラ主題歌。心地よい午後のひとときにぴったりはまる自信作です。CX系(東海テレビ制作)昼ドラマ「緋の稜線」テーマソング」

「そうか、昼ドラか」と思った。
この仕事をやっている限り昼ドラなど見る機会はまずないから、話題かどうかはわからない。
だけど、昼ドラの主題歌というのは月9に比べれば全然弱い。
瞬発的に売れるということはないけど、お店で流していたら売れるかもしれない。
そんなことを思った。

と、いうわけでこの曲の販売に力を入れてみようと思った店長だったわけだけど、当時はインターネットの創成期だから情報なんてなかった。時間に余裕があればソニーに電話したり事務所に電話したりしてプロフィール資料を取り寄せたりFAXを送ってもらうのだけど、忙しくてそういう時間もない。
ただただBGMのヘヴィー・ローテーションで「聞かせて売る」ことを行ったぐらいだった。

結局この曲は1枚も売れず、それだけに思い入れの残る作品となった。
「いい曲なんだけど、一枚も売れなかったなぁ~」
レコードショップの仕入を担当した人間だったら、そういう曲を100曲以上は持っているはずだ。

数年前、CDを整理していたらこのサンプラーCDが押し入れの中から出てきた。
そういうCDはメーカーに返却しなきゃいけないんじゃないの?というツッコミはなしよ。
久しぶりに「風のすみか」を聞いて、昔のあの感覚が戻ってきた。

「いま、この人どうしているんだろう?」と思った僕は、Google先生にお伺いを立ててみた。
そうしたら、ウィキペディアにしっかりと記事があった。

The Water of Life
「The Water of Life(ザ・ウォーターオブライフ)は、HAPPY DRUG STOREの清水和彦のソロユニット名である(ただし、デビューはこちらが先)。原語は新約聖書の一節にあり“不滅の命を与える水”という意味である。」とあった。

さらに読み進めてゆくと、こんな一節に当たった。

「2004年1月29日、交通事故にて死去。32歳没」

そうか、亡くなったんだね。

インターネットで調べてみたら彼が亡くなった状況は、こうだった。

29日午前3時20分ごろ、滋賀県米原町入江の湖周道路で、
神奈川県川崎市高津区下作延、ミュージシャン清水和彦さん(32)の乗用車と
富山市宮園町、運転手江畑正夫さん(35)の大型トラックが正面衝突した。
清水さんは頭を強く打って即死、江畑さんにけがはなかった。
米原署の調べでは、大型トラックを追い越そうとして対向車線にはみ出した
清水さんの乗用車を江畑さんが発見し、急ブレーキをかけたが間に合わなかったという。
現場は片側一車線の緩いカーブで、追い越し禁止区間だった。同署が詳しい事故原因を調べている。
清水さんは仕事の帰りで、滋賀県長浜市の実家へ向かう途中、
江畑さんは滋賀県蒲生町へ荷物を運ぶ途中だったという。

「湖周道路」というのは琵琶湖の沿岸を通っている道だ。
この道ならば、新名神が開通する前に何度も走ったことがある。
京都から横浜へと戻る際に、関ヶ原あたりまで高速代をケチるのにいい抜け道だったからだ。
比良山地をバックに横たわる琵琶湖の風景が美しいし、途中に道の駅や子供たちを遊ばせる公園もある。

滋賀県長浜出身の彼は、きっとこの道が好きだったんだろう。
「風のすみか」のイントロのピアノの音、あれはザバーっと大きく寄せる海の波ではない。
穏やかにみえながらも太くゆっくりと寄せてくる琵琶湖の波にほかならない。
「雲を寄せて吹く風」は比良山地の方から湖上を駆け抜けてくる風だ。
彼はこの光景が好きで「風のすみか」を書いたのだろう。
そして自分の作りだした音楽の原風景の中で亡くなった。
「The Water of Life」という自分のユニット名そのままだ。

それを思ったら、ますますこの曲が忘れられないものになってしまった。

もし生前の彼と会う機会があったら、
この曲を評価して一生懸命売ろうとしていた、ということも伝えたかったのに。

ウィキにはこうあった。

事故当時は乗っていた車は大破し、愛用のギターも根元から真っ二つに折れてしまうというほどの惨状であったが、何十曲にもおよぶと思われるデモテープ音源だけは奇跡的に無傷で残り、「あいつギター持って曲だけ遺して逝きやがった」と言わしめたという。

参考:清水和彦オフィシャルサイト
ウィキペディア「The Water of Life
HAPPY DRUG STORE

上大岡的音楽生活