Acoustic Style 2014
朝食もとらずに家を飛び出してきたので、とにかくお腹がすいていた。
近くのコンビニでファミチキを買って、ライブハウスの裏側にある駐車場ベンチで食べていたら、一匹の猫が近づいてきた。
「なんだお前、これ食べたいの?」
「にゃあ」
「油が多いから、体によくないって」
「にゃあ」
とにかく初対面のくせに人なつこい猫だ。いや図々しいのかな。
「あんたのファミチキくれにゃ」とスリスリしてくるので、油の少ない所を一切れちぎって差し出すと、おいしそうに食べる。
この駐車場で飼われている野良猫のようだ。駐車場の管理人らしきおばちゃんが言う。
「あら~、ここ数日ぜんぜん食べなかったのに。それじゃあ鶏の唐揚げでも買ってこようかしらね。トラちゃん」
この時ふと「ニャンコ先生が猫になってやってきたんじゃないか?」と思った。
時計をみると13時30分だった。ちょうど先生の告別式が終わった時間だった。
「ニャンコ先生」とは決して猫ではない。音楽を通じて知り合った僕の大切な友人で、人生や音楽の師匠だった方の綽名だ。
強い意志と影響力と茶目っ気とダンディさを持たれた方で、市立高校の美術教諭としては生徒に慕われ、ボーカルスクールの生徒としても大勢の友人を作られた方だったが、闘病の甲斐なく24日に亡くなられた。お通夜へ行ってきたので昨日のblogには弔辞らしきものを書いてみた。
先生はとっては昨年の「Spring Live 2013」が最後の「ステージ」だった。このとき先生は急な入退院の直後だった。完璧主義者の先生は「もっと練習しないと歌えない」とのことで歌を辞退されている。それならば「挨拶だけして下さいよ」とステージにお呼びして挨拶だけして頂いた。
「hitomi先生にダメ出しだれたんで(もちろん冗談である)、次回のアコラ(Acoustic Style 2013)でリベンジします」というMCだった。結局それは適わず、一年後の今回「Acoustic Style 2014」のまさにその日が告別式となってしまった。
今回のライブ参加者の3分の1は直接的間接的にニャンコ先生のことをご存じだった。たまたま告別式当日がライブとなったことにある種の想いを抱いた方も多かったと思う。僕だってそうだ。そして残り3分の2の出演者はそれぞれがそれぞれの思い….それは恋愛だったり、家族だったり、自分の人生そのものだったり、表現への強い衝動だったりする…..を抱いて出演されているわけだから、それぞれの思いを等しく引き出したライブにするのは当然のことだ。
だから会場の片隅にそっと写真を置いて追悼することにした。そうしたら出演者のYさんが素敵なお花を添えてくださった。
15時15分「Acoustic Style 2014」がスタート。
トップバッターのUさん、一旦は赤ちゃんをお父さんに預けてステージに立ったのだけど、途端に燎原の火のごとく赤ちゃんが泣きだした。
お母さんの歌うR&B Musicと赤ちゃんのSoul Musicの合唱だ。そこでお母さんが赤ちゃんを抱っこして歌うという展開に。
ふと考えたら今回のライブはどうも30回目のライブだったのだけど、30回目にして思わぬ飛び入りゲストの登場となった。
こうしたライブの場合、表現者が発する言葉は大勢の人たちに向けられているわけだけど、時には直接的に個々の心に響いてくることもある。
ブロックBでは最初から連続してニャンコ先生と交流のあった方が続いた。先生の主催イベントにも出演した竜ちゃん、お花を添えて下さったYさん、そしてmarthaさんが大切な友人が亡くなったことを悼む言葉をMCしてから歌い終えた後、感極まって司会のnoriちゃんが泣きながらニャンコ先生のことに触れた。
ニャンコ先生は、感じたことをストレートにMCしてしまうnoriちゃんの司会をとても気に入ってくれていた、それを思い出した。事あるごとに「高橋先生の司会は最高だよ」と満面の笑顔で言ってくれた。そして自分が出演する際には必ず「いじくる」こともしていた。僕はnoriちゃんが先生についてとてもいい形でMCしてくれたことに感謝している。
歌で表現する上で、大切なのはテクニックだけじゃない。伝えようとする「想い」は強い方がいいし、きっと手に届くぐらい身近な方がいいんだろう。愛する赤ちゃんを抱っこしながら歌うUさんからは「家族への想い」が溢れていたし、その強さを保ちながらずっと続いていった。もちろんニャンコ先生へ想いもそのひとつだったと思う。何度も出演されている方の「ベスト・ステージ」が沢山あったことが印象的だった。色々な「想い」が見事に増幅されたんだと思う。
不思議なことに一ヶ月以上前に曲も出演順も決めたにもかかわらず、最後のお二人もまた、今日と言う日にふさわしいオーダーとなってしまった。
先生とは交流のあったKさんが「哀悼の意を込めて歌います」と歌った「Bring Him Home」は偶然にも亡き友を戻して欲しいと天に祈る歌だった。
そしてトリを務めたSさんの「ふなのり」には生きられる限り生きて行くことへの深いメッセージが込められていた。そんなSさんはニャンコ先生の亡くなられた病院のスタッフで、科こそ違ったものの時折気にかけて頂いた方だったのだ。
かくして41人が43曲を歌ったライブイベントは終了した。
サポートしてくれた吉野ユウヤさん、江原秀俊君、横須賀Angeloの皆さん、PAのIkuraさん、セッティングから受付、カメラまで手伝って下さった生徒の皆さん、そして教室スタッフの皆さん、ありがとうございました。そして大変お疲れ様でした。
[吉野ユウヤ(Key]
[江原秀俊(gt)]
淡々とライブレポを書くつもりが、今回ばかりはやはりこうなってしまうのは主催者として失格かもしれない。だけど僕もまた一人の受け手なのだから仕方がない。そうこう書いているうちに、撮影した映像がPCに取り込まれたようなので、これから頑張っていい映像作品に仕上げるとします。
ディスカッション
コメント一覧
支配されてるとは思わないですが、人と人との繋がりの日々は時に運命的と思わされる出来事を生むんですね。それも日々の人の想いが伝わりあってるのかも知れないと改めて思ったLIVEとその日々でした。
皆さんの歌声を聞いて楽しさを共有できる幸せ、今歌うことの幸せ、頑張れる幸せ、そういうのいっぱいの1日でした。皆さんありがとうございました。お疲れ様でした。
>hitomiさん
お疲れ様でした。
先生が最後に選んでくれた音楽的空間は誰もが直感的に好きな音楽を等しく表現できる場所でした。そういう精神に賛同してライブに出て下さる方は多いのですから、きっと「想い」も近いところにあるし、偶然と言えるような結びつきがあっても不思議はないのかもしれませんね。運命は決して支配したりされたりするものではなく、ある積み重ねの上で、時には手助けしてくれたり、時には何もしてくれない「何か」なんだと思います。そして「あっ、助けてくれた」って「感じる」には芳醇なインスピレーションも必要だと思います。
あのライブを見ているといつもそれを感じます。