ロッド・スチュワート in Japan 2024 at 有明アリーナ

あまり悪魔と取引したくはないけど、もし彼が耳元で「お前にマーヴィン・ゲイか、サム・クックか、ロッド・スチュワートの声をやる。それと引き換えに20年分の命をもらうよ」と言われたら、迷わず「いただきます」と両手を差し出すことでしょう。

「ボーカリスト」というくくりで言えば、ヴァン・モリソンの方がよっぽど聞きこんでいるし、持っているCDの枚数もダントツです。しかしそれはソングライターとか生き様を含めた好みです。サムクックに影響を受けながら、もっとハスキーなロッドのボーカルは大変魅力的なものです。

ロッドの来日を知ったのは3日前でした。ところが翌日に自分が主催するイベントもあったので、何となく遠慮をしていました。ところが前日に気になってチケット販売状況をみたらいい席が空いている。どうもPAスペースをバックさせて、ワンブロック増やしたらしい。

「むむむ、これは行けという意味か?」と自問自答していると、スタッフが「行ってきたらよろし」と言ってくれた。両手を悪魔に差し出すように「じゃあ、行ってきます」となったのです。チケットの値段は物凄いですが、13年ぶりの一夜だけの来日公演ですからね。

2024年3月20日。会場は有明アリーナ。15:30開場で17:00開演という健全なスケジュールです。
元来電車も行き帰りの混雑も苦手なので、東雲の安い駐車場に停めて1km弱を歩きます。
早々と会場に到着しました。

有明アリーナ

お客さんを見ると、僕よりちょっと年上の方が多いようです。
そんな中を粛々と歩きます。

入場を待つ方々。当日券も出ていました。

ちょっと年上...3つ年上の姉は「スーパースターはブロンドがお好き(Blondes Have More Fun-1978)」のポスターを自室に貼って「ロッド様ぁああ」と言っていた世代なのですが、僕の同時代体験は「Tonight I’m Yours (1981)」あたりからですから、やはり3年ずれています。当時の音楽シーンにおける3年というのは、今の5年以上ですから、このズレは大きい。

姉からは「ヴァニラ・ファッジのカーマイン・アピスはロッド様のサポートドラマー」なるムダ知識まで吹き込まれましたが、基本的にはベスト・アルバムプスアルファの知識しかありません。ジェフ・ベック時代やフェイセズ時代、初期ソロなどは後追いでさらっと聞いた程度です。

そんなわけで、姉にとってはセクシーなロック・ボーカリストなんでしょうけど、僕にとっては最良のカバーシンガーという印象の方が大きい。往年の名曲をカバーした『American Songbook』などの方がよっぽど聞いているぐらいです。

そんなロッドの曲の中でも、トム・ウェイツを知るきっかけになった『Down Town Train』が最も好きな作品です。

Rod Stewart – Down Town Train (1990)

マイク・ダボが書いた『Handbags And Gladrags』という美しい曲を教えてくれたのも、ロッドでした。マイクがボーカルだったマンフレッド・マンは聞いていたのにね。ちなみに無名時代のロッドの名曲に『A Little Misunderstood』がありますが、これもマイク・ダボが書いた作品なんだ気付いたのは、ずっと後の事でした。

Rod Stewart – Handbags And Gladrags (1970)

そんなロッドがヴァン・モリソンの「Have i told you lately」をカバーした時は嬉しかったなぁ。

Rod Stewart – Have I Told You Lately (1993)

そんなことから、ロッドの楽曲に対するセレクションはとてもナイスでリスナーにいい曲を沢山教えてくれるボーカリストなんだと思っているのです。彼は僕に色々な音楽の扉を開いてくれるアーチストなのです。

待ち時間はじっくりとありました。
周辺の方とお話したのですが、大阪、広島、そして鹿児島から来られたそうです。近距離の私などは申し訳ないぐらい。しかも皆さん直前にチケットを買われたらしい。どうやらB4ブロックはそういう方々の場所だったようです。

座席はほぼ正面で、近からず遠からずの距離でした。

そして本番。
勇敢なるスコットランド」の演奏とともに79歳のロッドが登場します。わーい。

周囲の方々は「1981年以来」とか「1994年以来」とかおっしゃっていました。
僕は伝説の「ロッド様」を初めて見た瞬間でした。

いきなり「Infatuation」で会場が盛り上ります。

内心「立つなよ立つなよ。2時間の立ちんぼはしんどいから」思う自分がいるわけですよ。
でも結局みんな立ってしまうんですよね。そうしなきゃロッドも盛り上がらないですからね。
バンドサウンドは驚くほどバスドラのドンドンが響いて、クラブサウンドみたい。それがロッドの声を聞こえにくくしていました。(なお、以下のセトリは定番のSetlist.comを参照しつつ書いています)。

お次はいきなりフェイセズ時代の『Ooh La La』。
背後のスクリーンではジャケットの山高帽子のおっさんの目がパチパチしたかと思えば、当時のメンバーたちの顔写真がいっぱいに広がります。この曲を書いたロニー・レーンも顔も並んでいました。ピート・タウンゼントのフリークとしては、どうしても二人がコラボした名盤『Rough Mix』の視点からロニー・レーンを見てしまうのでした。

撮影はオーケーなんですが、スマホのようなカメラに限定しているので、僕の席からはそんなにいい絵は期待はできなさそうです。

お次の曲などは悩むところでした。聞いた事はあるんだけど曲名が思い出せない。ロッドで聞いたような気もするけど、モータウンサウンドっぽいアーチストで聞いた記憶もある。
「えーと誰だったっけかな?」が頭を駆け巡る。

答は『This Old Heart of Mine (Is Weak for You)』でオリジナルはアイズレー・ブラザーズでした。お次の『It’s a Heartache』は今回のライブ予習で知ったのですが、これも素敵な曲です。2006年にカバーしたにも関わらず(オリジナルはボニー・タイラーらしい)、ずっと昔からロッドが歌っていたような感覚すらあります。

ロッドはその長い音楽人生の中で「名曲の伝道師」になっていったんじゃないかと思います。
オリジナル曲もいいですが、彼の軌跡を作曲家ベースで辿っていけば、自然と1960~1970年代の極上の音楽地図が描ける。そういう人なんです。

前半で印象的だったのが、オリジナルの『Forever Young』。

Rod Stewart – Forever Young (1988)


間奏部あたりから、5分ほどロッドとミュージシャン半分が小休憩に入り、その間にパーカッションにプラスして3人の女性ミュージシャンがケルト・ミュージック(いやスコティッシュと言うべきなのか?)の演奏を展開します。生でケルトを聞くのは1991年のチーフタンズ以来でした。

フィドルの2名が演奏しながらステージの上で走り回ったり踊ったりケルトダンスのステップを踏む。これが実にカッコ良くて素敵だったので撮影しました。ロッド不在のステージですがご覧ください。

やがて他のミュージシャンとロッドが戻ってきて『Forever Young』の後半を演奏するという長大な一曲でした。

スクリーン一杯に雨の映像が流れたかと思えば、お次は『雨をみたかい(Have You Ever Seen the Rain?)』。
ロッドの声にピッタリの曲ですね。CCRのカバーです。

曲は『Baby Jane』、お姉さんのハープで始まる『The First Cut Is the Deepest』と続きます。ハープの見せ場は、コンサートを通じてこの曲のイントロぐらいだったと思います。あの大きなハープをこのために持ってきたんですね。

ここでローディーが12弦ギターを持ってきたので「おっ"Maggie May"かな」と、スマホを構えました。

『Passion』に続いて、スクリーンいっぱいに、昨年亡くなったクリスティーン・マクヴィー(Fleetwood Mac)の画像と「1943-2022」というメッセージが流れた時は、ロッドとクリスティーンがどう繋がっているのかわかりませんでした。そんな中で歌われたのが『I’d Rather Go Blind』でした。

帰宅してから調べてみたのですが、そもそも『I’d Rather Go Blind』(オリジナルはEtta James)は、ロッドより先にクリスティーン・マクヴィーがカバーしていたんですね。名前ぐらいしか知らない「チキン・シャック」というバンド時代の話で、まだ彼女がクリスティン・パーフェクトと名乗っていた1969年の話です。

Chicken Shack – I’d Rather Go Blind (1969) Vo.Christine Perfect

いやぁ、僕はクリスティーンの前史とか、チキン・シャックとか全然知らんのよ。
またもやロッドに教えてもらいました。

Young Turks』はリアルタイムで覚えているロッドの曲のひとつ。もう今から43年前(1981年)の曲なんですね。僕はこれと『Tonight I’m Yours』を聞くと何とも懐かしい気分になります。

三人のお姉さんコーラス隊が踊りながら歌う中を、嬉しいそうに歌っているロッドでした。

1990年代の半ばぐらいだったと思いますが、ムッシュかまやつが「女の子だけのバックバンドを結成して一緒にツアーをして、夜は行った先々の美味しいものを一緒に食事したい」という願望だけで「Callas」というバンドを結成し、ツアーした事がありました。

ロッドのステージを見てようやく気づいたんですが、ムッシュはロッドの女性ミュージシャンも起用したバンド編成が羨ましかったんでしょうね。彼が真似たのはツンツンの髪型だけじゃなかったようです。途中のMCで、コーラス3+演奏3の女の子たちを一人一人紹介するロッドの嬉しそうな顔ったらありませんでした。
だからこそロッドなのでしょう。

ここで大好きな『Downtown Train』です。
ロッド自身がトム・ウェイツについて書いた文章を紹介します。

(「Down Town Train」の)すべての功績を、僕はロンドンWEAにいる良き友で重鎮のロブ・ディキンズ氏に贈りたい。僕の興味をトム・ウェイツのこの美しい曲に向かせたのは、彼なのだから。

The Best Of Rod Stewart (1989)のロッド本人による「Down Town Train」のライナーノーツより

何曲かをお互いにプレイしあった後、「ワイルド・カード」を演奏してくれと、僕はロブに頼んだ。彼はこのトム・ウェイツの歌(「Tom Traubert’s Blues」)を演奏してくれた。その曲が半分ぐらいまで行ったとき、僕はこの曲をレコーディングしなくちゃいけないとわかった。

Lead Vocalist (1993)のロゥド本人による「Tom Traubert’s Blues」

音楽っていうのはどんなにメディアの形が変わろうと、伝承文化である事に変わりはありません。
伝える人がいて、受け取る人がいる。そんな中でも受け取る側の音楽世界を広げてくれる人というのは、至上の存在だと思います。ロッドはロブ・ディキンスを通してトム・ウェイツを知り(いや、元々知っていたのかもしれませんが)、僕はロッドの音楽を通してトム・ウェイツという素晴らしいシンガーソングライターを知ったのです。

この曲は絶対に生で聞きたかった。それが実現したのは何よりでした。そう、サックスさんのソロも良かったなぁ。

ここでロッドは一旦休憩。コーラスの女の子たちだけで「I’m So Excited」を歌います。
先日、知り合いの女性から聞いたのですが、彼女は3/20のジャネット・ジャクソンの来日公演は見れなかったけど、一緒に来日したTLCの公演(3/18 豊洲PIT)は行ってきたんだそうです。

TLCは見れなかったけど、この女の子たちの「I’m So Excited」は見れたわけです。バックコーラスですら、日本のそれと比べて圧倒的に凄いというという事が、世界のレベルの高さなんだなぁと。そんな気持ちで彼女たちのステージを楽んだのでした。

『I Don’t Want to Talk About It』
『You’re in My Heart』
好きなアコースティック系バラード2曲です。前者はCrazy Horseのオリジナルも好きですが、ロッドのは山道を運転中によく流す曲です。彼の楽曲は弦の響きがとても美しいですね。

お次は『Have I Told You Lately』。
これですよこれ。僕がリスペクトしているヴァン・モリソンの作品。1980年代の後半、ヴァンが吹っ切れたように怒涛の勢いを見せてくれた時期がありました。個人的には「第三次成長期」とか言っていますが、そんな時期に生まれた珠玉バラードです。

ヴァンにとって久しぶりのヒットだったのもの嬉しかったけど、ロッドがそれをカバーしたのも嬉しかった。今回のライブでは『Down Town Train』と並んで生で聞きたかった曲でした。

もう声が苦しいんですが、そんなのもう関係ねーです。この曲を歌っているロッドという「現象」をみれただけで、僕は幸せなんです。

「Lady Marmalade」
またもやガールズだけのステージ。女の子たちには申し訳ないですが、ここで一旦座って一休みします。

ステージはマービン・ゲイ&キム・ウェストンの「It Takes Two」、そして「Some Guys Have All the Luck」と続き、いよいよラストは「Da Ya Think I’m Sexy?」です。

「アイム・セクシー?」と歌っちゃう79歳って凄いと思いません?
まずそこでした。

この世には「I Hope I Die Before I Get Old(年取る前に死にたい=My Generationの一節)」と歌う80歳(The WhoのPete Tonshend、Roger Daltry)もいます。できれば「盗んだバイクで走り出す」58歳の尾崎豊も聞いてみたかったです。若い頃に発した「言葉」を恥じるのでも開き直るのでも封印するのでもなく、その言葉のひとつひとつと真摯に向かい合いながら歌い続けることが大切で、ロッドのそんな気持ちが伝わってきました。

こうした言葉のひとつひとつには、何十年何百年が経とうと若い世代が普遍的に持っている感情や衝動がある。それを発するのが「ロック」という音楽なんだと思います。ちなみにエジプトのヒエログリフには「今時の若いものは...」と刻まれていると聞いた事があります。これは「Your Generation」からみた「My Generation」ですが、これもまたロック的な言葉なんだと思います。

話は脱線しますが、1965年に「She Belongs To Me」の一節で「Don’t Look Back(振り向くな)」と歌ってしまったのはボブ・ディランです。彼は最近のコンサートでもあまり「過去を振り向かない」ようで、最新のアルバムからの選曲が多めです。昨年の来日公演では「風に吹かれて」「Like a Rolling Stone」を歌わなかった事が話題となりました。彼もまた「Don’t Look Back」という言葉に今なお真剣に向き合っているのでしょう。

開演前のスクリーンでは2/23リリースの「Swing Fever」が。

僕はロッドのコンサートは初めてですから、ベストアルバム的な選曲ならいいなとも思っていました。
いっぽうで先月リリースのカバーアルバム『Swing Fever』もいいアルバムでした。ルイ・プリマの『Oh Marie』をカバーしたと思えば、サム・クックスタイルの「Tennessee Waltz」もナイスでした。

こういうのも歌ってくれたらいいなと思っていたのですが...

驚いたなぁ。そのアルバムからは一曲も歌わなかったですよ。「いやそんなにロッド初心者に気を使わないでいいのに」と思ったぐらいでした。

さぁ、ここからがアンコールです。
お隣の方は日帰りで大阪から来たそうで、新大阪行き最終は21時30分との事。「まだ間に合うでしょうか?」と尋ねてきました。時計をみるとまだ19時をちょっと過ぎたぐらいです。
「大丈夫です!ロッドが気持ち良くなって4曲ぐらい歌っても、間に合うと思いますよ」。

Rod Stewart – Sailing (1975)


『Sailing』
まだこの曲を歌ってないわけですから、アンコールはあるという前提ですね。ディランは歌わないかもしれませんが、ロッドはそんな事はしません。日本人の多くが一番愛している彼の作品ですからね。会場が一体となって「あいむせーりんぐ」と合唱したのでした。

「Sweet Little Rock 'N’ Roller」
ラストの曲。ストレートなロックンロールで会場がわーっと盛り上がりました
ところがです。僕はこの曲を知りませんでした。ロッドがステージから去った後、お隣の広島から来た方に「ラストの曲名は何ですか?」と尋ねたら、びっくりされたのでした。

会場の外まで大阪さんと広島さんと同道したのですが(Facebookでお友達になりました)、広島さんは「Hot Legsやらなかったぁ~」としきりに残念がっていました。僕は僕で内心「Handbags And Gladrags」も聞きたかったなぁと思いつつも、まあいいかと思っていました。大阪さんはしきりに新幹線の最終に間に合うか心配していたのでした。

駅方面への人の流れが大変混雑しています。僕はゆりかもめ経験がないので、大阪さんの事がちょっと心配になってきました。広島さんは銀座近くに泊まるらしい。そこで大阪さんと広島さんに「駐車場まで1km弱歩きますが、何なら東京駅付近までお送りしましょうか?」と申し出ました。「何とかする」との事だったので、会場を出た所で左右に分かれたのです。

後で聞いたら、どなたかに「ゆりかもめより地下鉄豊洲駅を使った方がよい」と言われたそうで、結局そうしたんだそうです。東雲の駐車場より遠方まで歩いたようですが、何とか20:30の新大阪行きに乗れたそうです。

こんなご縁も面白いものですね。

さてと...
悪魔に「じゃあマーヴィン・ゲイ、サム・クック、ロッド・スチュワートのうち、どの声か選べ」と言われたらどうしよう?

たとえ20年寿命が短くなったとしても、撃ち殺されるよりは畳の上で死にたい。だとすれば・・・