天然の炭酸水

ぶうらぶら

昔、食品会社でアイスクリームの営業をしていた時分、取引先に「〇〇鉱泉(こうせん)」という社名のつく会社が何社もあった。
福知山鉱泉さん、若松屋鉱泉さん、担当ではなかったけど豊岡鉱泉さんというのもあった。

「こうせん」というのは聞きなれない言葉だった。
ある時、社長にその意味を尋ねてみたら、
「今の若い人は知らんやろうな。鉱泉とは炭酸水の湧き出る泉のことや。昔はそういう水を使ってラムネを作っとったんや」と教えられた。
自然の鉱物(炭酸カルシウム?)などが地下水にとけこんで湧き出るから「鉱泉」と言うらしい。

「へぇ~」という話だった。昔はこの水に独自のシロップを調合してラムネとして販売していたというのだ。

こうした会社は夏場の需要が高いものを扱っているわけだから、あわせてアイスクリームも取扱うようになる。
こうした会社はいつしか鉱泉が枯渇したか、水質が悪化したか、全国規模の炭酸飲料メーカーに押されたかはわからないけど鉱泉事業の方を縮小してゆき、アイスクリーム専門の卸店になっていったようだ。
だから「何とか鉱泉」という社名の取引先が多かった、というわけ(現在、ラムネでは日本一のシェアを持つ会社に「ハタ鉱泉」というのがある)。

さて、8月16日に会津若松から国道255号で新潟の小出へ抜けた時の話。
「会津大塩」という集落でこんな看板を見かけた。

(「炭酸水」と大きく書かれた小屋、横に「大塩天然炭酸水」とある)

あっ、これが「鉱泉」というヤツに違いない。好奇心に駆られた僕は早速寄り道してみることにした。
国道からこじんまりとした集落の奥へ入って行くと、鎮守の森の隣に井戸らしきものが見えてきた。

そばにある解説版によれば、ここの炭酸水は古くは「太陽水」という名前で胃腸や便秘の薬として販売され、明治後期には「芸者印炭酸ミネラルウォーター」としてドイツにまで輸出されていたらしい。
極めて珍しいものであることは間違いない。

みると夏の渇水で水位が下がっているようで、水面までの深さは2m以上はあるようだ。
たしかに水面でブツブツと泡立っており炭酸水には間違いない。
そばに長いワイヤーにつながれたヤカンが置いてあってコップも置いてある。

「ご自由にお飲みください」ということのようだ。


それならばと、早速ヤカンを釣瓶落としして、井戸の水をすくいあげてみる。
横でカミさんがビデオカメラを回している。
ところがすくいあげた水をコップに移してみると、何となく薄土色に濁っている。
「大丈夫か?これ」とカミさんに言いながら「まあいいか」とひと口飲んでみる。

「まずっ!」

錆びた水を飲んだ感じ。あるいは濾過されていない水を飲んだ感じだった。
おそらく渇水の影響だろう。とても飲めたものじゃない。
これを飲みに来るには潤沢な水量の季節を選んだ方が賢明だと思った。

炭酸は微炭酸というやつで、きめの細かい泡立ちだっが、せっかく汲んだやかんの炭酸水は、すべて捨ててしまった。

みるとそこにノートが置いてあった。

「お気付き帳」とあるのだけど、「気」の字が「氣」なところに戦前のにおいを感じる。
「美味しかった」とか「まずかった」とか感想が書かれているのかと開いてみると.....
ねずみとカエルの死がいがある
おしまい。

ぶうらぶら