音によるドキュメンタリー「あさま山荘事件」

歴史の切れ端

1972年2月28日、 連合赤軍が立てこもっていた「あさま山荘」に対して警察の強行突入が行われた。テレビ局各社は、この「いつ終わるとも見当のつかぬ」突入劇を生中継で放映した。

僕の義母は「(カミさんが)お腹の中にいたから、一日中ゴロゴロして生中継を見ていた」と思い出を語ってくれた。そして家内は7月に生まれた。

家内と同い年のある女性は、母親からミもフタもない事を言われている。
「(私が)一日中中継を見ていたお陰で、あなたみたいなヘンな子が生まれた」。

あさま山荘(2004年撮影)

これはちょっと気の毒に思えるが、1972年生まれの人におおよそ共通して言えるのは、赤ちゃんだったにせよ胎児だったにせよ、共通の「あさま山荘」体験があるという事のようだ。

あの日、幼稚園の年長だった僕が帰宅すると、母は生後5か月の妹を抱きながらテレビにかじりついていた。

最初は一緒になって見るのだけど、ずっと変化のないテレビ画面にはすぐに飽きてしまう。友達と遊ぶためにさっさと家を飛び出していったようで、人質の牟田康子が確保された瞬間や、犯人逮捕の瞬間を見たという記憶はない。

今日で突入から48年目。
今まで収集してきたこの日の「報道音声」、これを時系列的にコラージュしてみた。

音によるドキュメンタリー「あさま山荘事件」

一応、分刻みの時系列にはしているけど、必ずしも正確ではないかも。
TBS系列だった信越放送のアナウンサー名がどうしてもわからなかった。
字幕表記の不統一があったらごめんなさい。

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